絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #88
回避は、可能であった。亜光速で照射される重金属粒子ビームであるが、アンタゴニアスの全身に張り巡らされた神経組織は「電位差」などというノロマな伝達方式とは根本的に異なるメカニズムで信号をやりとりしている。十分に余裕をもって反応できるはずであった。
だが――アーカロトは動かない。
乙零式の縮退エネルギー兵装を超える熱量を持つ光条が数千筋、全方位より黒き竜人のもとへと収束、殺到。古代のコミックの集中線のごとき有様となる。
もし回避した場合、そのまま直進した重金属粒子が市街に降り注ぎ、途轍もない被害をもたらすことは確実だった。
ゆえに、不動。
「えっと、えっと、めっ! ですわ!」
造作もなく回避していた絶罪支援機動ユニットたちが、機体の周囲で浮遊する節足たちを蠢かせ始める。アメリにとっての千手観音が果たした機能を、シアラにとっての絶罪支援機動ユニットが果たしているのだ。
さすがにシアラが〈無限蛇〉にコマンドを発して何かを造らせることはできないが、アメリのコマンドをジャミングする程度ならどうにかなる。
ほどなく、月の直径を超えるメガストラクチャーの内側に林立した巨腕たちは、力を失って地面に倒れ伏した。ビームの照射が、止まる。
――さて。
それはいいが、不可解な事態だ。甲零式機動牢獄は斬断し、撃墜したはずである。その無数の合掌は、今も動いてはいない。コマンドなど送ってはいない。
ともかく、アンタゴニアスに備わったすべてのセンサーをもって周囲一帯を精査するも、特にこれといって――
《……なに?》
斜め後方。
そこに聳え立つ高層建築が、モーフィングするコンピューターグラフィックのようにぐにゃりと歪み、姿を変えた。
《またあなた? またあなた? またあなた? またあなた?》
甲零式機動牢獄。傷一つなく健在である。
「……っ! か……ぅ……」
胸の中で、シアラが体を痙攣させた。
《どうした?》
問うが、満足な答えは返ってこない。バイタルは脈拍が急上昇しているほかは特に異常もない。
――何が起きている? なぜ唐突に別の場所から甲零式は現れた?
あの現れ方は異常だ。メタルセルに対する大罪神理権限でも行使せねば、あんなことは不可能だ。いや、そもそも今のはメタルセルの色すら変化させている。アンタゴニアスにもそんなことは不可能だった。
――ではせめてアメリ氏の罪業場の性質だけは話してくれ。
――ふん、そうさね。〈原罪兵〉の中では他に類を見ないほど広範囲に展開する代物だ。〈教団〉の総本山は丸ごと役満ビッチの罪業場に沈んでいる。そこではすべての人間の区別ができなくなる。
区別、できなくなる……?
直後、アンタゴニアスは振り返りざまに鉤爪の生えた指先を叩き込んだ。音の壁をやすやすと突破し、ほとんど抵抗もなく貫通。アーカロトの桁違いの罪業量を前に、分子間力増強効果がかき消され、白き菩提樹は衝撃波によって木っ端微塵に爆散した。
こちらもオススメ!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。