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ケイネス先生の聖杯戦争 第三十一局面
「何かあればすぐに令呪でお呼びください。合意のもとであれば空間転移を行うことも可能でしょう」
言わずもがな当たり前のことをくどくどと念押ししてくる従僕には答えず、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは単独での偵察行に乗り出したのであった。
少なくとも、乗り出そうとした。
「未遠川の中ほどまで行ってもらう」
間桐家の前で待たせていたタクシーの運転手にそう告げる。
すぐに発車した。
穏やかなエンジン音とともに、冬木の夜景が流れてゆく。
思わず鼻を鳴らした。何度見ても、実に下らん国だ。予備知識なしに景色だけをどれほど眺めても、どこの国の何という町なのか一向に判然としないことだろう。自らの固有の文化に対する誇りを持ち合わせていないと見える。
西洋列強の猿真似をするのは構わんが、それを自らの風俗と掛け合わせて独自のものに昇華するということができていない。劣化コピーにしかなっていない。
――好かんな、この国は。
やがて、タクシーは滑らかに停車した。
「お客さん、川につきましたが」
「……もう少し下流へ向かえ」
「構いませんが、いったい未遠川になにをしに?」
「お前にはまったく関係のないことだ」
「その先にはキャスターが居を構えていますが、まさかお一人で行かれるのですか?」
ケイネスは即座に月霊髄液の槍を伸長し、背後から運転手を刺し貫こうとした。
が、果たせなかった。
同時に窓ガラスを砕き散らしながら殺到して来た無数の銃弾に反応し、水銀の流体は攻撃よりも主の保護を優先。球殻状の防護膜を展開してあらゆる致命的な衝撃からケイネスを守り切り――そして視界を塞いだ。
直後に自らの胸元へと突き付けられた無慈悲な銃口に、だからケイネスは反応が遅れた。
月霊髄液の原動力は「圧力」だ。高い圧力をかけることで、常人には視認不可能の斬撃を繰り出せる。しかし、そのためにはある程度の体積が必要になる。広く薄く伸びた状態から、即座に攻撃には転じられない。
その隙を、完璧に突かれた。
つまり、心臓へぴたりと銃を突き付けてくるこの男は、今までの自分の行動を子細に観察し続けてきた者に他ならない。
男がゆっくりと制帽を脱いだ。ぼさぼさの髪の狭間から、光沢のない奈落のごとき瞳が覗く。
「「監視者」は……貴様だったのか、衛宮切嗣……ッ」
その顔容は、間諜に調べさせた魔術傭兵の顔写真と酷似していた。
つまり、なんだ? 最初から運転手と入れ替わっていたということは、ケイネスが単独行動することも読んでいたと?
殺すということについて発揮される、異常極まる嗅覚。
してみると、さきほど横合いから銃撃してきたのは、衛宮切嗣に付き従う娘か。名前は――確か久宇舞弥と言っただろうか。どうせ偽名だろうが。
「舞弥。それ以上近づかなくていい。流体礼装の射程外から警戒を続けろ」
切嗣は、鎖骨あたりに固定されたインカムに向けて言う。すでに正体を隠す気はないようだ。
これでケイネスの取れる選択肢はさらに狭まった。令呪でランサーを空間転移させるよりも、この男が引き金を引く方がどう考えても早い。
「……どうした。なぜ撃たん」
「スズメの使い魔に、僕と舞弥のどちらを攻撃させるべきか迷っている――と言ったところかな」
ケイネスは、眉目を険しくした。
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