小便は済ませたか? 神様にお祈りは?
「な、なんだ……? なにが起きている?」
リーネが眉をすがめている。
「あー、知ってる知ってる。糸目の強キャラとかがたまに使うよなあれ」
「何を言っておるのかよくわからんが、あれがフィンくんの武器であるか。」
総十郎は顎を掴んで興味深げに眺めている。
「……ただの細い糸ではないな。明らかに自律して動き、敵を拘束してゐる。」
「リーネどの」
フィンが口を開いた。どこか、硬い声色だった。
「は、はいっ?」
「捕虜は、必要でありますか」
リーネは眼を見開いた。あの一瞬で数十体のオークの生殺与奪を握ったのだから当然だ。
「……いえ。オークと対話する試みは遥か古代から続けられてきましたが、成果は一切上がっていません。彼らにその意志はないと、そう判断せざるを得ません」
その返答を聞いた瞬間、フィンは一瞬だけ痛みに耐えるように目を細め、すぐに無表情に戻った。
「――了解。殲滅します」
そして――銀糸の絡み付いた五指を、一気に握り込んだ。
瞬間、フィンの全周囲で、一斉に血飛沫が上がった。巻きついていた糸が締まり、オークの骨肉を何の抵抗もなく斬断、解体したのだ。
その場にいたオークは全員同時に細切れとなって地面に垂直落下した。散乱すらしない。銀糸がいかに鋭利であるかを物語る光景だった。
シャーリィは、息を飲み込んだ。
あの子は。
フィンくんは。
いったい、どんな生き方を強いられてきたのだろうか。
照れ屋のかわいい男の子が、対話のできない敵と相対した途端、一瞬にして何かまったく別のものに変わり、敵を倒した。
否――殺した。
その切り替えの早さが、恐ろしかった。そうでなければ生き残れなかったのか。それは……どんな世界なのか。
リーネも同様に、色を失っていた。何と声をかけたらいいのかわからないようだった。
「血液に腐食成分がないことは前回の接敵で確認済みであります。総合的にはカイン人よりずっと与しやすい」
返り血に汚れた軍服を気にするそぶりも見せず、こちらににっこりと笑いかけてきた。
「軍人ではない皆さんのお手を煩わせるまでもないであります。小官一人で殲滅は可能でありますっ!」
「フィ、フィンどの……」
「……ふむ。」
やや青ざめたリーネと、何事か思案している総十郎。
その時、烈火がコキコキと首を鳴らした。
「で、オークって食えんの?」
「食わんわっ! 貴様の頭はそればっかかっ!」
「あ゛あ゛ん!? 馬鹿にすんな女体のことも考えてるに決まってんでしょうがァーッ!!!!」
「わかった!! わたしが悪かった!! 食べることだけ考えててくれ!!」
「ったくしょうがねえな……次から気を付けろよ!」
「なんで偉そうなんだお前!!」
またぞろギャアギャア言い合い始めた二人を尻目に、シャーリィは顔を上げた。
オークの血臭が立ち込める中、フィンの方へと歩み始める。
と――その肩を引き留める手があった。
総十郎だ。秀麗な眉目がかすかに憂いを帯びている。
「殿下。今はオンディヰナ解放を優先すべきかと。」
シャーリィは、眉尻を下げる。なにか、するべきではないのか。あの子に対して、なにかを。
「今、フィンくんにどのような言葉をかけようとも、彼はそれを受け取れぬ。彼が頑なだからではなく、単に理解ができないからだ。彼を哀れむのは簡単であるが、それなりに幸福な生を送ってきた我々に、あの少年の苦しみを理解してやることは生半可な覚悟では成せぬ。少なくとも、王国を救う片手間にできるほど簡単ではないであろう。」
総十郎は、微笑んだ。
「ゆえに、今はとにかく、我々が頼っても良い存在であるということを、彼に対して証明しつづけることが肝要である。」
そして、颯爽と歩み始めた。
「見事なお手並みであるな、フィンくん。さぁ、急いでオンディヰナを解放するとしよう。」
「了解であります! 危険が予想されるため、前衛は小官が務めるであります!」
「うむ、頼りにしてゐるとも。」
「あ、テメーら何抜け駆けしようとしてんだコラァ! エルフ女子にいいとこ見せて酒池肉林! エルフ女子にいいとこ見せて酒池肉林!」
「レッカどのレッカどの、しゅるりくりんってなんでありますか?」
「パーマのCMの擬音みてえになってんぞ! 酒池肉林だ! アワビに松茸を」
鞘に収まった刀が烈火の顎を打ち抜いて吹っ飛ばした。
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