君ならできるよ(笑)
フィン・インペトゥスは、空間に張り巡らせた斬伐霊光を伝って、宙を駆けていた。
皮膚が粟立ち、肺腑に冷たい緊張が走る。
――あぁ、なんてことだ。
視界に入っている、その存在。
六体の〈虫〉が融合することで生まれた巨躯。
後光のごとく八方に延びる長大な翅がまず目についた。実体なのか、非実体なのか、先端にいくほど透明度の高くなる八枚の翅は、本体の周りを緩やかに円舞している。
蛇のようなトンボのような本体は、金属めいた光沢を宿しながら柔軟にしなり、くねっていた。全身から漏れ出る光は、昏い情念を感じさせる紫から、透けるような蒼へと変化している。
頭部は巨大な銛に近い形だ。目も口もなく、鋭いヒレのようなものが左右の側頭部から伸び、歪んだ矢印を形作っていた。
体側に沿って、同じようなヒレがいくつも並んでいる。それらの表面には、フジツボのごとくゼラチン状の球体がいくつも密集していた。内部の構造が複雑に動いているさまが透かして見えた。
〈竜虫〉、とでも呼ぶべき姿。全長はこの樹上庭園に収まりきらないほどの巨大さだ
優雅。流麗。そして醜悪。
元の姿とはまったく異なる、しかしフィンにとっては非常に馴染みの深い印象を与える姿であった。
――同じだ。
その姿が指向する/体現するありよう。
「カイン……人……!」
無論、そのものではない。この世界にカイン人などいるはずがない。あのような形態の腫瘍艦を見たこともない。
だが――根本に流れる思想は同じだ。なにかカイン人に非常に近い感性を持った者によって造られた存在なのだ。
冷たい戦意と殺意が、フィンの小さな体を満たした。
手の中に握られる白銀のイオンライフル――烈光聖箭を構える。斬伐霊光の絡み合いに足を引っかけ、空中から射撃。射撃。射撃。
光弾は吸い込まれるように〈竜虫〉へと直進。しかしその異常巨躯からは想像もつかないほど素早く優雅に蛇身がくねり、回避されてしまった。
そこへ、宙を滑るように黒影が走った。
総十郎が空中に霊符を張りつかせて足場にしているのだ。
駆け寄りざまに一閃。輝く翅のひとつを切断した――かに思えた瞬間、フィンの目にも鮮明ではない速度で残りの翅が振り回される。空中に蒼い軌跡が残る。幾重にも斬閃が交差する。
総十郎は身を捻り、旋転し、宙返りを打ち、霊符に爪先を引っかけて軌道を変え、超高速の斬撃をことごとくかわした。
目を見張るほどの神がかった体捌きだ。制帽が取れないように頭を押さえる余裕すらある。
しかし――さきほど切断した翅は、いつの間にか元通りに再生している。というよりも、あれは何か輝く気体めいたものが勢いよく噴出することで一見翅のように見えているだけのようだった。
〈ふむ、フィンくん。〉
そばの〈エンヴィー〉くんが翅を震わせて、総十郎の声を届けた。
「は、はいっ!」
〈こういう巨大な手合いは黒神に任せるのが一番だが、奴は空が飛べぬ。我々でなんとかするしかあるまい。〉
「小官も同意見であります!」
〈しかし小生、対人用の手管ばかり修めてゐる身でな。大火力の攻撃呪法もできぬことはないが、相応の儀式が必要になる。〉
それに対してフィンが答えるより前に、〈竜虫〉の様子に異変が生じた。
体側に並ぶヒレに、ぽつぽつと蒼い光が宿る。それは、フジツボのごとく密集したゼラチン球体が発するものであった。
周囲の精霊力粒子を取り込み、ゼラチン球体の光は見る間に強くなってゆく。
やがて、激発。
蒼い光線が、数百条。花火のように全方位へ拡散した。
〈む、いかんな。〉
総十郎の声と同時に、光線群はそれぞれが優美な孤を描き、こちらに向けて殺到してきた。
「……っ!」
光の雨が、降り注いだ。
地面に着弾すると同時に、凄まじい爆発が発生し、樹上庭園を完膚なきまでに破砕してゆく。
異相圧縮された筋肉が即座に反応し、空中を跳び回る。蜘蛛の巣のように張り巡らせた斬伐霊光の間を渡り、青白いビームの群れを回避し続ける。弾速は、音速に少々届かない程度。フィンならば反応できなくはない。
とはいえ、数が多い。しかもどういう仕組みか、微妙にこちらを追尾してくる。旋回半径はさほど小さくないが、それでも油断できる状況では全くない。
戦術妖精たちも慌てている。まぁ、彼らは小さいうえに小回りが利くので問題あるまい――と考えたあたりで、フィンは目を見開いた。
青白い光線が、戦術妖精たちを見えない力で押しのけて通っている。彼らにある程度接近すると、まるで風に翻弄される羽毛のように吹き飛ばして行くのだ。おかげで命中はしないが、戦術妖精たちは思うように飛行できていない。
――電荷を帯びている!
戦術妖精たちの翅は通常時、弱い正電荷を帯びている。これに反発するということは、この精霊力ビームは強い正電荷を有しているのだ。
そんなことがありうるのか? 精霊力とは、もっとこう、神秘的な力なのでは? しかし、他の物体と物理的な相互干渉がなされている以上、電荷を宿すこともありうる――のか? つまり精霊力粒子も原子核と電子を有しているのか?
益体もない考察を振り切って、フィンは叫んだ。
「総員、小官にしがみついて正電荷を最大限磁装するであります! それから、ソーチャンどの! 小官の後ろに隠れてほしいであります!」
〈ふむ、心得た。〉
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