絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #82
出目が気に入らなければ一度だけ賽を振りなおしても良いというルールが追加された瞬間から、すごろくは盤外戦術が横行する修羅の巷と化した。
なぜならプレイヤーが全員「一回休み」になってしまえば、そのデメリットは実質帳消しなのだから。
「まぁまぁまぁ、俺も首の骨が折れたしさ、あんたもそんな、振りなおしなんて無粋なマネはよしとこうじゃないか」
そうだそうだ、とヤジが上がる。
そしてシアラがちょっと悲しげな目で見上げてくるのを目の当たりにして、唯一一回休みを免れそうだった付近住民の心は折れた。
御子を味方につけたものが勝つ。
その認識が広まったとき、ゲームはあたかもエンペラーを確保したものが正義となる太古の島国のグダグダの再演と化していった。
「えへへ、たのしいね、じぃじ!」
たまたま隣に座ることになったレミとレムは上機嫌だ。
アーカロトはぐらぐらと安定しない視界と意識の中で、どうにか言葉をひねり出した。
「鬼の居ぬ間に、というやつだね」
「おに? なに?」
「ギドのことだよ。普段はあんまり羽目を外せないだろう?」
すると、レミとレムは顔を見合わせ、言った。
「でも、ばばあにみられながらあそぶの、けっこうすきよ?」
「うん、ばばあはいていい。いないとやだな」
「……そうなのか?」
意外だった。
「ばばあは、なんか、うん、いないとやだ」
「どこいっちゃったんだろうねー」
「……もし、ギドがこのまま帰ってこなかったら、どうする?」
そう聞くと、レムとレミは動きを止めた。
その可能性を考えて、わりとありそうな未来であることを認識し――双子はしゅん、と肩を落とした。
「やだ」「やだ」
「そうか……」
――あぁ、ギド。いったいどうするつもりなんだ。
あの冷酷な老婆に思いをはせる。
懐かれないように態度に気を付けていると語った、あの時の口調を。
「そんときゃおっかけようぜー!!」
走り回っていたカルが大声で言い捨てながら走り去っていった。
アーカロトは苦笑する。
――あなたの意志がどうあれ、あなたの想いはどうしようもなく子供たちに伝わってしまっているようだ。
「まったく、どうするつもりなのやら」
アーカロトの手番が回ってきた。
●
それから皆、大いに飲み食いし、笑い合い、賽を振り、歌い、抱きしめ合った。
求めても得られなかったものを、噛み締めた。自分たちがそれを求めていたことすら、この瞬間まで忘れていたのだ。
宴の傍ら、肉虫の死骸を手分けして解体し、合成燻煙剤の煙に晒して燻製にし、分け合った。病人や子供など、弱い者に優先的に糧がもたらされた。
罪業に依存する前の、当たり前に人と人が絆を結んでいた時代の輝きが、ほんのひととき蘇っていた。
誰もが、恐れていた。
きっとこれは、すぐに終わってしまうのだから。
またあの罪業を喰らい合う暮らしが始まってしまうのだろう、と。
だが。
「おわらせては、だめなのですわ!」
聖女の一声に、すべての人間が振り向いた。
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