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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #5
それで、五人の敵手の幻は跡形もなく消え去った。道場には最初から、婆ちゃんとぼくと先輩の三人しかいない。
正座して演武を見ていたぼくらは、体を戒める圧力から解放され、ほぁ~、と気の抜けた息をつく。
五人もの敵を一瞬で倒す型。
単に身を守るためだけなら、逃げる敵まで討つ必要はない。
これは、暗殺の術理。
どうしても斬らねばならない五人を確実に屠るため、わざと包囲を許す剣。
あまりにも鮮明な仮想敵に対する動作は、状況を客観するぼくらにまで五人の敵の姿を幻視させる。パントマイムと同じ理屈だ。
――だが、これすらも赤銀武葬鬼伝流においては中目録の技でしかない。
すなわち、婆ちゃんにとって軽い運動みたいなものなのだ
大目録術許しの深奥に位置する秘剣を修めた剣士は、一息に五人なんてケチくさいことは言わず、十人は倒せる、らしい。
もっとも、そんな領域に至った人間は、できるからと言って実行などしない。
――自らの思うところを成すにあたって、他者と敵対する必要すらない。
ツネ婆ちゃんが身につけているのは、そういう次元の強さだ。
偉大な剣聖である。
その偉大な剣聖は、少し腰を落とした姿勢で残心している。
……と、思ったら、急にペタペタと自分の腰元を触り、落ち着かない挙動で周りを見回しはじめた。
「ア~……」
心なしか哀しげ。
どうも刀を探しているようだ。今自分で投げたことはすっかり忘れてしまっている。
クスクスと、隣で先輩が笑っている。
「師匠って、かぁわい~ぃ」
ぼくも苦笑しながら、壁に刺さっている居合刀を取りに行く。
●
――ぼくはまた、夢を見ている。
いつかのつづきを。
「秘剣って……」
「あ、てめえ馬鹿にしてやがるな? まぁ仕方ねえけど。やっぱ今どき秘剣はねえよなぁ、オイ?」
「いや同意されても……で、どんな技なの?」
「んー、あー、多分ガキンチョのお前に説明したってわかるわけねーだろーけど……あえて言うなら〝反則〟だ。そして〝無敵〟だ」
「ご期待通りわかんないよ」
「さっき言ったように、剣術ってのはジャンケンみてえな三すくみで成り立っている。それはもうリンゴが木から落ちるのと同じくらい確かなことでな、だれもその原理からは逃れられない」
「うん」
「だが、この秘剣は数少ない例外の一つだ。こいつはもうアレだ。相手がどんな手で来ようがまったく関係なく、確実に優越する手を出せる。百パーだ。仕損じはねえ。そういう剣技だ」
「なんでそんなことができるの? すごい先読み?」
「先読みとは違うな……お前が想像してんのはアレだろ? 剣聖の無想の境地みてえなナニだろ? そういうんじゃねえんだ。先読みはしてねえ。斬り合う瞬間に至るまで、この技の使い手は、相手がどの機を狙ってくるか全然わからねえ」
「じゃどうやって百パー勝つの?」
「その斬り合う瞬間を何度も繰り返して、優越する手を見つけるんだ」
「……はぁ?」
「ま、いろいろ理屈をつけて解釈することもできるが、お前にわかるとは思えねえし、はっきり言ってめんどいからやめる」
「あっそう……で、その技って名前あるの?」
「〈宇宙ノ颶〉ってんだ」
「うつのかぜ? へんな名前」
「るせえなぁ、大昔のセンスはお前にゃわかんねえよ」
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