絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #70
「復讐ってのはな、自分でやるから意味があるんだよ。たとえ生前のそいつとどれだけ親しかろうと、血のつながりがあろうと、そいつ自身以外の奴がやった時点でそりゃもう復讐でも何でもない。ただの女々しい逃避だ。そんなもので罪業場は貫けない。ふさわしい報いじゃないからね」
黄金の涙を滂沱と流しながら、ギドは凄絶に嗤う。
「大切な人間がいるのは結構。だがそいつを生きているうちに守り切れなかったのならもうそりゃ負けなんだよ。それを後からグダグダグダグダほざきだす奴はちょっと見苦しすぎるね。その胸の痛みも、無念も、喪失感も、すべてそいつの雑魚さと無能さに対するふさわしい報いって奴さ。ざまぁみろだよ」
光輝溢れる気体は、やがて渦を巻きながら鎌首をもたげ、ギドの腕へと絡みつく。
「アタシは違うよ。夫と孫の死体を前に泣き叫ぶだけの無様なんざ晒さなかった。ただ粛々と、為すべきことを為した」
頭の中で、異物感がある。身じろぎするというほどではないが、にわかに存在感を主張し始める。
――あァ、猛ってんのかい。
わかるよ。もうあんたらはアタシなんだから。
黄金の罪業場は、ギドの持つ一発の弾丸に吸い込まれてゆく。その弾頭には、亡き夫と孫の骨粉が詰め込まれていた。
脳髄の運動野に移植された故人の神経細胞は、抗鬱天使から奪った免疫抑制剤の継続的な投与で定着し、今もギドの頭蓋の中で生き続け、思考パルスを発し続けている。
そして、罪業場を発現した。
「青き血脈」の遺伝子に、先天的に刻まれた原罪。
第四大罪の欠片。
殺人の被害者本人による、ふさわしき報い。
ギドはおもむろに輝きの宿る弾丸を薬室に押し込んだ。
「他の誰の罪業場でも駄目だ。こいつらのじゃなきゃあね。アメリ、お前の機動牢獄が不壊なのは、お前を殺せる存在がもうこの世にいないからだ。だが――アタシはその条理に綻びを作ってやったよ」
薬室を閉鎖し、立射姿勢。背筋に心金が通っているかのような、凛とした姿だった。
隻眼をすがめ、照準する。視覚野のインプラントが距離を表示する。
乙零式の極大斬撃が再び無数の巨腕を弾き散らし――ごく一瞬だけ、艶めく裸身を晒した美しい娘の姿を露わにした。
特に何の感慨もなく、引き金を引き絞った。これはギドにとっては復讐ではないから。為すべきことを為すために、得るべきものを得る。ただそれだけの作業であったから。
夫と孫の無念を晴らそうという気持ちはなかった。ただ故人の罪業場が目的達成に「使える」と考えたから、結果として二人の復讐に手を貸す形になったに過ぎない。
だが――ここでひとつ、イレギュラーが発生した。
頭蓋の中の異物感が、急激に増す。正確無比なギドの射撃フォームに、ほんのわずかな乱れが生じる。
憎い。だが愛しい。
嫌い。だけど愛してほしい、
報いを受けろ。けど生きてほしい。
相半ばする感情。
黄金の罪業場が宿った弾丸は、甲零式機動牢獄が張り巡らす規格化罪業場の障壁をいともたやすく貫通し――アメリの肩を撃ち抜いた。
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