絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #64
こちらに手を振り、スキットルを口にやるその両腕が、一目ではっきりわかるほど長い。猿臂というやつだ。そのような知り合いはいないので、ただのデジャビュであろう。ふと、アーカロトの論理的に拡張された視野は、小男の全身に奇妙な出来物のようなものがあることに気づいた。何らかのサイバネのようだが、いかなる機能を持っているのかはよくわからない。
何にせよトラブルは避けたい。無重力化では銃機勁道の功夫がまともに機能しない。現在アーカロトには常人並みの自衛能力しかないのだ。
小男に頭を下げ、トトを連れ帰る。
幸いにして、その後は特に何事もなくセフィラ間の旅は終了した。
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「体が……重いな……」
ゼグがげんなりと歩みを進める。
電磁加速レーンを降り、罪業駆動列車に揺られること数時間。徐々に重力が戻っていく過程で、子供たちは備え付けられた運動器具で全身の屈伸運動を行っていたものの、これは予想以上に過酷だ。太古の宇宙飛行士たちはこれより遥かに長い時間、無重力にさらされ続けていたのだ。どこからそんな根性が出てきたのか、実に不思議である。
が、それより心配なのは、
「はァ……年寄りにゃきついねぇ……」
「ギド、とりあえず横になるべきだ。子供たちは僕とゼグで見ておく」
「はッ、ざまぁねえなババァ。今のあんたなら楽勝で殺せるぜ」
「好きにしな。まぁこりゃちょいと寝るかね……」
駅の隣に建っている宿泊施設へ、うなじを揉みながらフラフラと向かうギド。
――瞬間、その姿が爆炎に飲み込まれた。
「ギドッ!?」
直後に襲い来る爆圧に、アーカロトは吹き飛ばされる。
いけない。まず子供たちの安全を――
「……よっほォ」
気の抜けた声とともに、シャトルの中で会った小男が片足立ちで着地するのが見えた。
遅れてアーカロトも着地の衝撃を化勁しつつ体勢を取り戻す。
目を丸くした。
小男は長い両腕でシアラ、ダリュ、ジュジュ、レムを小脇に抱え、折り曲げた右足でレミの胴を保持。口にはトトの首根っこを咥えていた。
足元ではゼグも目を丸くしている。いち早く匍匐していたようだ。
「ぷはっ、大丈夫かちびすけども? 痛いとこないか? うん? すぐどっかに隠れな。こりゃたぶん〈帰天派〉のテロだぜ」
「あ、あぁ、だが、ババァが……」
子供たちを地面におろしながら、小男はうなずく。
「わかった。おっちゃんが探してきてやる。だからこいつらをまず避難させな。兄貴だろ? おめぇさん。弟と妹を守ってやんな」
そうして――彼は長い腕を交差させ、両腰のホルスターに収まっていた二丁の拳銃をなめらかに引き抜いた。まるで優美な猛禽が翼を広げるような、巨大な花が咲くような、洗練された動作だった。
「それから、そこのお前」
酷薄な三白眼が、アーカロトをまっすぐ見ている。
「お前さんはついてこい。聞きてェこともあるしな」
その笑みに走る毒蛇のごとき殺気に、アーカロトは心機を臨戦させる。
着地際の化勁を一目で見抜いた。
その意味するところは明白であった。