かいぶつのうまれたひ #11
タグトゥマダークの挙動からは、おぞましいほどの「慣れ」と「倦怠」が漂っていた。殺す、という現実を、どうということのない日常として捉えている、生物として壊れてしまった存在――
だが、それよりなにより。
――死にたい! 死のう!
その言葉。
どこか、ひどく、心をかき乱すセンテンス。
自分の切腹にも通ずる、自害の宣言。
だが、何かが違う。その言葉は、意図する行為が自分と同じでありながら、それを成そうとする理由に致命的な捻じれがあるように思う。自分の肺腑に、粘い石油を流しこまれるような気分にさせる、異様な捻じれ。
篤は小さく首を振る。
――考えすぎだな。
息を吐いた。
「確かに、解明しておく必要はあるかもしれない――」
篤は重々しい光を瞳に宿した。
「――なぜあの男は途中から突然珍妙な語尾を使い始めたのかということを」
「違うからな? そこはどうでもいいからな?」
「へえ、今度の敵はどんな語尾だったんだい?」
謦司郎が面白そうに聞いてくる。
――そういえば、謦司郎と霧沙希は、まだタグトゥマダークを知らなかったな。
篤は謦司郎に目を向けた(が、すぐに謦司郎はその場を移動した)。
「うむ、『ニャン』だ」
「『ニャン』?」
背後で謦司郎が聞き返す。
「そう、『ニャン』だ」
「『娘』を中国読みした時の『ニャン』?」
なぜ例えがそれなのか。
「否、『ニャンがニャンだーニャンダーかめん』の『ニャン』だ」
「あぁ、なるほど。キャラコピュラとしての『ニャン』ね」
「たまにお前らの会話にはついていけない物を感じるよボク……」
頭を抱える攻牙。
そこへ、躊躇いがちな声が被さった。
「あの、ね……ちょっといい?」
藍浬だった。
なぜかしきりに篤のウサ耳を見ている。
「そのかわいい語尾の人、さ……ひょっとしてネコの耳なんて生えてなかった……?」
「!?」
篤と攻牙は黙り込んだ。
互いに目を配りあう。
――もちろん、ネコ耳を確認したわけではない、のだが……
タグトゥマダークは、頭にニット帽をかぶっていた。今にして思えば、あれはかなり不自然だ。すでに汗ばむような季節である。だいたいスーツ姿にニット帽は似合わない。
篤が腕を組む。
「ネコの耳かどうかはわからんが、頭を隠している感じはあったな」
攻牙は胡乱げに眉を寄せる。
「だけどよー霧沙希。なんでネコ耳なんだ? いくら語尾が『ニャン』だからってそんな突拍子もないことが……」
攻牙は篤の頭を見る。
「……いやまぁあるけどさ」
「うん、わたしも半信半疑っていうか……正直関係があるのかどうかわからないんだけど……」
「何のことだ?」
「ちょっと、ついてきてくれる?」
藍浬が席を立つ。
「?」
篤、攻牙、謦司郎は、何だかわからないながらも彼女の後に続いた。
校舎の裏側、体育倉庫の陰に隠れて、ダンボールがひとつ置いてあった。
近づいてくる気配を察したのか、中から「みゅぅ、みゅぅ」とか細い鳴き声が漂ってくる。
「あっくん、たーくん、いい子にしてた?」
藍浬はダンボールの前にしゃがみ込み、小声で呼びかけながら蓋を開けた。
「おお~」
攻牙が覗き込んで声を上げる。
中には、ひどく小さな毛玉が二つ入っていた。いや、毛玉というか、小さな哺乳類のようだ。
藍浬の顔を見ると、二足で立ち上がってダンボール箱の壁に前足をつけた。「みゅう!」
「ふふ、ちょっと凶悪よね、このかわいさは」
藍浬が両手を伸ばして二匹をやさしく掴む。
こちらに向き直り、自分の頬に押し付けるように抱き上げた。
「今朝、拾いました」
左手の子兎を持ち上げた。
「こっちが『あっくん』」
右手の子猫を持ち上げた。
「こっちが『たーくん』です」
謦司郎がしみじみと頷く。
「なるほど、二匹あわせて『肉色の花園』というわけだね」
「びっくりするぐらい何も関係がねえなオイ」
篤はおもむろに歩み寄り、あっくんとたーくんを観察する。
「ふむ……」
顎に手を当て、まじまじと見つめる。
子兎――あっくんと、目が合った。
「……似ている」
「えっ?」
「あっくんに触ってもよいか?」
「う、うん」
藍浬からあっくんを受け取ると、顔の前に持ち上げた。
いきなり見知らぬ者に触れられたにも関わらず、子兎のあっくんはまったく動じる気配がない。みじろきひとつせず、篤の瞳を見つめている。
篤の眠そうな眼。あっくんのつぶらな眼。
視線を介して、何かがつながった気がした。
行き交う精神。静謐なそれ。
自分と同じ存在に出会ったという実感。出会えたという奇跡。
突き動かされるままに、あっくんを自分の頭の上に乗せた。ウサ耳の間に、ちょこんと稚い生命が乗っかる。
あっくんは、鼻をフンフンと動かして、ウサ耳の匂いを嗅ぐ。すぐにその場にうずくまり、ぶっとい前脚に頭を乗せながら、リラックスした様子で眼を細めた。
「おぉ――浮世を編み出す縁の、なんと趣き深きことよ」
篤は眼を閉じて、裡より生じた感動を味わう。