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吐血潮流 #17

  目次

「――ええいっ!」
 おざなりに振るわれるセラキトハートのバス停を、篤は無造作に打ち払った。
 ――これはどうしたことだ?
 相手の攻撃に、気迫がまったく込もっていないのだ。
 それどころか、なにやらひどく動揺している様子である。
「どうした、お前の力を見せてみろ!」
「ふ、ふんだ! いまのうちせいぜい勝ち誇っているがいいでごわす!」
 ――なにやら策はあるようだが、はて?
 そこまで考えて、篤は愕然と顔を強張らせる。
 裏山で彼女を待っていた時に、謦司郎からことのあらましは聞いている。
 ――この一見どこにでもいる娘は、驚愕すべきことに俺を謀り、自分だけ学校に向かって霧沙希を拉致しようとしたのだという。
 篤は苛烈にバス停を振るいながら、唸る。
 ――恐るべき神算鬼謀と言わざるを得まい。人類は、知性を極めることによりこれほどの権謀術数を駆使することができるというのか……人が持つ無限の可能性、その重みを、俺は甘く見すぎていたようだ……
 間違ってもそれほどのものではないのだが、ただひたすらに感心する。
 篤は、ウソが壊滅的にヘタクソだ。支離滅裂というかシュールというか、とにかく脈絡のない妄言を吐き散らして、それで騙し通せると思い込んでいる。本当に騙す気があるのか! とよく霧華や攻牙から突っ込まれるのだが、本人はいたって真面目である。
 だからこそ、他人から騙されると心底から驚嘆してしまうのだ。自分には絶対にできないことだから。
 ――俺の周囲には、なぜこうも天才ばかり集うのだろう。
 お前から見れば誰でも天才だよ! と突っ込んでくれそうな者は、今観戦モードで座っている。
 とにかく、そんな超絶すごい大策士(※篤の主観)であるこの少女が、なにやら奥の手を隠していそうな気配を出しているのだ。最大限に警戒すべきだろう――
 掌に、汗がにじむ。
 ――恐怖、だと……? この俺が……?
 だからそんな大層な奴ではないのだが、焦燥に駆られた篤は逆持ちがもたらす超重量の打撃を立て続けに叩き込み、セラキトハートを押しまくった。

 ●

 バス停使いの闘術は、大別すると三種に分類される。
 物体の内部に存在するエネルギーのベクトルを操作する『内力操作系』。
 物体による介在を必要としない、純粋な熱量を操作する『外力操作系』。
 そして、上記のどちらにも該当しない特異な現象を引き起こす『特殊操作系』。
 篤のストレートな白兵戦術は『内力操作系』であり、ゾンネルダークの土竜裏流れは『外力操作系』の技である。
 そして、セラキトハートは。
 ――うわぁぁん、こんなハズじゃなかったのにィ~!
 半泣きになりながら、怒涛のような篤の攻勢に耐え続けた。
 彼女は内力操作の技も、外力操作の技も、さして得意なほうではない。そのへんにいる凡百のポートガーディアンどもと大差のない戦力だ。(例:ボロ雑巾)
 だが、もちろんそれだけならば十二傑の一角に数えられるわけはない。
 セラキトハートと、彼女が契約したバス停『夢塵原公園』には、特別な才能があった。
 特殊操作系能力――〈臥したる鋼輪の王アンブレイカブル・ドミナートゥス〉。
 他のバス停使いがいくら修行を積もうが決して得ることのできない唯一無二の技。
 ……彼女は、この世のすべてのバスを操る。
 バスという車両の形状が、流体力学的に完璧な構造をしていることは周知の事実であるが、これは別に空気抵抗うんぬんの対策をしていたわけではなく、地中を大蛇のごとく這う〈BUS〉の流動を効率的に捉えて推進力に変換するためなのである。つまりバスとは、ガソリンで動く自動車とはまったく違う存在なのだ。その駆動原理はどちらかというと帆船に似ている。
 〈臥したる鋼輪の王アンブレイカブル・ドミナートゥス〉は、一時的にバスと地脈のつながりを絶つことができる能力だ。地脈から解放されたすべてのバスは、『夢塵原公園』から放出される〈BUS〉にのみ影響を受け、セラキトハートの思うがままに動き回る。……地上のあらゆるものを蹂躙し爆走する、魔獣の群れと化すのだ。
 完全に発動したならば、辺り一面を更地に変えるほどの壮絶な破壊力を発揮する。
 あくまで発動すれば、の話だ。
 ――普段なら負けないのに~!
 爆音と爆光と爆圧がセラキトハートを打ちのめし、その身を大きく後退させた。
「くぅ……!」
 地面に二本の溝を刻みながら、彼女はそれに耐える。
 セラキトハートが一方的にやられている理由は簡単だ。近くにバスがないのである。
 彼女がここまで乗ってきたバスは、攻牙に目潰しされた腹いせに意味もなく一刀両断されて機能を停止していた。
 ――マズったでごわす~! あんなことするんじゃなかったでごわす~!
 後先考えないまま衝動に生きる少女、セラキトハート。
 というか、仮に篤と戦うハメにならなかったとしても、たったひとつの移動手段であるバスを自分で破壊して、その後どうするつもりだったのだろうか。どうにも「ア」で始まり「ホ」で終わる言葉が似合う奴である。アイダホ。
 ――能力の範囲内にバスがひとつもないとか、どれだけド田舎なんでごわすかこの辺!
 とにかくバスを探さなければならない。バスさえあれば勝てる。
 そんな観念に囚われたセラキトハートは、能力の走査範囲をさらに拡大する。その分、篤の攻撃を受けるのに使う力が割を食うことになるが、背に腹は変えられない。
 『夢塵原公園』との感応をさらに強め、付近一帯の〈BUS〉の流れに沿って霊的な感覚の手を伸ばし続ける。
 ……だが、それは篤を前にして、あまりにも愚かしい決断だった。
「オォ――ッ!」
 篤が、吼えた。腰を低く落とし、背中が見えるほど身を捻り、しかし爛々と戦意に満ちた眼差しをこちらに向けながら。
 これまでとは段違いの〈BUS〉感応が、双方の髪や衣服をはためかせる。目を開けているのが辛くなるほどの雷光が、篤のバス停を蒼く明滅させている。
「渾身せよ、我が全霊!」
 號音。
 大瀑布のように、土砂が跳ね飛んだ。〈BUS〉の内力操作によって超身体能力を得た篤が、大地を蹴り砕いたのだ。爆裂したグランドの土は、上空十数メートルの高さにまで巻き上げられる。
 隕石の衝突現場のごとき光景をバックにして、篤がこちらにカッ飛んで来る。
 コマ落としのように、一瞬にして視界の大半を篤が占める。
「わひっ……」
 咄嗟に『夢塵原公園』を掲げることができただけでも、奇跡に近かった。
 だが――

【続く】

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