絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #54
ゼグは叫びをあげながら目の前の青年に対して拳銃を連射した。効かないとわかっていながら。
クソ、クソ、クソ。
ふざけるなよ。
おい。
ふざけるなよ。
さっきの機動牢獄どもみたいにする気か。
そいつを。
そいつを!
「離せやクソ野郎ォ……ッ!!」
絶叫しかけた瞬間、漆黒の触手の群れのごとき炎が消滅し、アーカロトの頸椎を握るジアドの姿が白日の下に晒された。
黒髪の青年は無造作に白髪の少年を投げ捨てると、ふいにこちらを見た。
いや、本当にこっちを見たのか? 何の理由もなく目を向けた先にたまたま自分がいただけなのではないか?
けぷ、と小さく胃に溜まった空気を吐き出すと、
「美味でした。ジャーキー、ありがとうございました」
そう言い残して、跡形もなく消滅した。
なんの前触れもなく、なんの痕跡もなく。
姿を消した。
「あ……?」
後には、倒れ伏す痩せこけた少年だけが残された。目を閉ざし、寝息を立てている
ゼグは目をすがめ、眉をひそめ、頭をかき、とぼとぼとアーカロトに歩み寄り、頭をかき、天を振り仰いだ。
「何しに来たんだよアイツは!!!!」
その疑問に対して、答えと呼べそうな事柄などこの世には存在しなかった。
●
「ジアド、ジアド、ジ・ア・ド・くぅん! おかえりおかえり。どうかね? どんな未来を垣間見てきたのかね? どうなのかね? 彼は? アーカロト・ニココペクくんは? エッ、何か思ったことはないかね? エッ?」
奇妙な嘲笑を湛えた瞳が、歪みながらジアドをねめつける。
その頭蓋を掴んでメタルセルの壁に叩きつけた。血と脳漿と骨片が放射状に散った。意味はない。
「クロロディスさん」
「んむ、何かね?」
背後から近づいてくる足音に、振り返らず声をかける。
ごく珍しいことに、この時ジアドは人間のフリをした。哲学的ゾンビの字義に寄り添って、「意識を持っているようにしか見えない虚無」となった。
「ぼくは、ぼくがなぜ今生きているのかがわかりませんでした。生きる意志はないんです。別に今死んだって特に何も思わない。肉体が損害を受けたことを知らせる電気信号は受け取れますが、それに対して痛いとか苦しいという感想を抱くことはついぞできませんでした。なのに、なぜ、どういう理由で、ぼくはいままで呼吸をし、食事を摂ってきたのか、この命を維持し続けてきたのか、それがまったく理解できませんでした」
哲学的ゾンビという概念が本質的に抱える矛盾にして欠陥。
そもそもなぜ人間のフリをするのか?
何の得があるというのか?
損得勘定に意味を見出せない存在が、なぜ一定の指向性を持った行動をとり続けるのか?
「ふむ、それで、何か答えを得たのかね?」
振り向きざまにその腹腔に五指を突き込み、臓物を貫通して脊髄を握り砕き、大小の腸とともに引きずり出して踏みにじった。意味はない。
「彼、アーカロトくんと言うのでしたか。彼は……不死の存在なのですか?」
「不老ではあるが、不死には程遠いね。たった今、過去の君がアーカロトくんの頸椎を掴んで持ち上げているけれど、罪業場による枯死に執着せずにそのまま握り潰してしまえばいともたやすく彼を殺せたんだよ?」
「そうする理由がなかったので」
「そうしない理由もなかったよね?」
「はい」
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