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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #7
罪業場には質量がないため、一瞬にしてトップスピードにまで加速。末端の速度は人類の動体視力を軽々と超え、赤紫の閃光としか認識できない。
加えて、数メートルの攻撃範囲に、戦闘車両すら抵抗なく両断する切れ味。多くの局面において、銃器などより遥かに剣呑な攻撃手段であった。
振り、抜く。
手応えなど存在しない。ヴァシムは刮目して咲き誇るはずの血の花を探した。
が――ない。
アスファルトに刻まれた一直線の斬撃痕以外に何もない。ただ、謎の子供がいた地点に、放射線状のひび割れが存在するだけだった。
ふと、視界が陰った。
街路灯の明かりに、小柄な影が割り込んでいる。跳んだ、だと? ガキが? あの高さに? じゃ何か? 放射線状のひび割れは、奴が床を踏み抜いた衝撃の産物だと?
「――ちィッ!」
疑念もそこそこに、ヴァシムは一旦罪業場を解除した。出しっぱなしだと空気抵抗によって切り返しにタイムラグが生じてしまう。
落下を始めた体を捻り、上にいる矮躯を睨む。
……と、妙な光景がそこにはあった。
病衣のガキが、宙に飛ばされたシアラを空中で抱き留めている。部下たちの血と臓物が乱舞する中で、それは奇妙に周囲から隔絶した光景だった。
――もろともに死ねよ。
迂闊に跳びやがって。殺してくださいと言っているようなものだ。シアラを凌遅虐殺できないのは惜しいが、天子たる青き血脈だ。殺しただけでも凄まじい罪業は入るだろう。
手首を返し、第二閃を繰り出す。
同時に轟音。
巨大なマズルフラッシュが狂い咲いた。
――なに?
今度ははっきりと見た。意識のないシアラを片腕に抱えたガキは、病衣の袖口から何かを射出した。子供の手にも収まるほどの、超小型拳銃。それを慣れた手つきでキャッチ。瞬間、鋼鉄の銃身が唸りを上げて赤熱した。
直後に轟音とマズルフラッシュだ。あんな小口径の銃のどこにそんな威力があったのか理解不能だが、爆発的な反動が二人の子供を横に吹っ飛ばし、結果としてヴァシムの斬撃線から逃れせしめたのだ。
そのままビルの影に入ってゆく。
――逃すかよォ。
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