モヒカンの国から来たマジレス番長
一気に二十歩の距離が開いた。
ギデオンは呆然と、その魁夷なる巨躯を見やる。
「あ、ごめんギデオン。この人けっこう強くてさ、とても拘束し続けられる余裕なかったよ」
何故か余裕を滲ませながら言う少年を腹立たしく思いながらも、幽鬼王は佩剣を突きつけた。
体を屈伸させて動くことを確かめている烈火は、ふいに横を向いて言った。
「でかした乳ゴリラ!! 貴様には褒美として後で頭を撫でてやろう!!!!」
「なっ……! ななななんで急にまっとうなことを言いだすんだ!? そこは胸をどうこう言うところだろうがッ!!」
「……いやマトモか? 頭撫でるって俺の中ではかなりのセクハラ行為なんだけど。エロくね?」
「キサマはどれだけ森羅万象あらゆるものをいやらしい目で見ているんだ!! わ、わたしは別に気にせんから、あとで約束を果たせよッ!!」
「あれあれ? おやおや? リーネきゅんは頭撫でて欲しい系女子なのかにゃ? しょうがないにゃあ……てめーは絶対撫でてやんねェーッ!!!! くそしてねろ!!!!」
「なんでだーッ!! キサマのそういうとこが大嫌いだーッ!!」
ギデオンは迅雷の速度で踏み込み、眩い闇を湛えた神統器を袈裟斬りに繰り出した。
物理学が上げる断末魔の絶叫。天体の衝突に等しい威力の斬撃が、烈火の胸板を斜めに引き裂く。
盛大に噴き上がる血飛沫。思わずもんどりうって後ずさる烈火へ向けてさらに渾身の刺突。だが下から噴き上がってきた膝が〈黒き宿命の吟じ手〉をカチ上げ、直後に爪先がギデオンの体の前面をこそぎ飛ばそうと振り上げられた。
瞬間移動して間合いをずらすと同時に、落下してきた魔剣をキャッチ。回転させながら脚を組み替えてぴたりと切っ先を烈火に向けた。
膝で吹き飛ばされた際の衝撃は、抜け目なく刀身に吸収している。
「……貴様もあの少年と同じく異界の英雄とやらだったな。シャーリィから魔力を奪い、出産権を永遠に取り上げた寄生虫どもが。殺してやるよ、今すぐに」
冷笑とともに挑発。
烈火は振り上げた足を引き戻し――表情を消した。胸板からの流血をまったく意に介さず、うつむいたまま肩をそびやかしている。
「おい――てめえ、ちょっと待てや」
急に静かに喋り始めた烈火に、ギデオンは眉をひそめる。
どこか――地鳴りめいた気配がした。烈火の上背から、陽炎めいたものが立ち上る。
「てめえまさか、その言葉――フィンにも言ったんじゃねえだろうな……?」
「言ったとも。濁った眼で声もなく泣き始めおった。当然の報いだ。そしてお前は死ね」
烈火のこめかみに、電撃めいた痙攣が走る。
ゆっくりと、顔を上げた。
異様な寒気。
大気が鳴動し、何かの圧を高めつづけている。
「あぁ、そう、言ったのか」
奇妙に静謐な声。地鳴りのような声。
「あのクソザコ豆腐メンタルのガキに? へえ、言ったわけ? あっそ、ふーん――」
声が、硬く締まる。
「――フザけろよ、てめえ」
闘気が爆裂した。
光の壁が押し寄せてきたかのようだった。思わず顔を庇い、瘴気を全開にして耐えるギデオン。
なんたる圧倒的・絶対的な力。ただそこにいるだけで、こちらを消し飛ばしてしまいかねない存在圧。烈火の胸板の血が炎を吹き上げながら蒸発し、膨張した筋肉によって傷口が塞がれた。
だがギデオンは猛然と嘲笑する。
「はッ、仲間への仕打ちに怒るか。それがどうした。私も貴様を許さん。あの少年はそれでも人並みの羞恥心は持ち合わせていたようだが、貴様は何だ? シャーリィの幸福を奪い取っておきながら、なぜのうのうと息をしている? どれだけ厚かましいのだ?」
「はぁ~~~~~~~~? 馬鹿ですか君は。俺たちを呼び出したのは貧にゅ……シャーリィ自身だっつーの!!!! つまり自業自得ということですね!!!! 俺様無罪!!!! 罪悪感ゼロ!!!! まぁでもけっこう気合の入ったガキだしぃ? ちょっくら親切心で手ぇ貸してやるかぁ、みたいな感じぃ? 感謝されこそすれ責められる謂れなんぞあってたまるかよそんな当たり前の筋道もわかんねえのか論点ずらしてんじゃねえぞクソボケェ……あ、そっか!!!! 脳みそ腐ってんだな!!!! ハァーやだやだこれだからアンデッドは!!!!」
「貴様らが死ねばシャーリィが魔力を取り戻すことに違いはない。疾く死ねよ。存在が邪魔なのだよ」
「ケッ、三下がァ……てめーごときじゃすべからく役不足なんだよボケェ……あ、待って今の発言すべからく警察と役不足警察きちゃう感じじゃないの? 大丈夫? コメント欄荒れてない? ゴキブリこれにどう答えるの? ところで格の違いってものを教えてやるからさっさと来いよコラァ」
獰猛な笑みを浮かべ、四指をくいくいっとする烈火。
異存は全くなかった。速やかに滅すべし。
ギデオンは決然と足を前に進めた。
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