吐血潮流 #1
信じがたいことだが、世間一般で「ラブレター」と呼称される超常現象は実在するらしい。
もはや文化というより都市伝説とか表現したほうがしっくりくるきらいがあり、そんなものを目の当たりにした人間が現代社会においてどれだけ居るというのか――恐らく誰一人として把握できてはいないことだろう。
だが、それでも。
やはり、あったのだ。
実在したのだ。
「む……?」
その手紙を手に取った少年――諏訪原篤は、普段から眠そうな眼をさらに細めた。
背丈は一般的な高校男子の平均程度だが、やたらと姿勢がいいので長身に見える。ほっそりとした顔つきや、常に伏せがちの目、色白の肌、目元がぎりぎりで隠れない程度の頭髪など、個々のパーツは取り立てるほどではないのに、全体としては異様に調和していた。高校生とは思えない落ち着きに満ちた挙動も相まって、どこか仙人のような風格がある。
――ゾンネルダークとの戦いから、一ヶ月が経っていた。
一応、この疑問系な変態から受けた負傷はほぼ完治し、めでたく退院の運びとなったのであるが、未だ体のあちこちに湿布が残っていたりする。
盛大に破壊されまくった村の家屋は、『神樹災害基金』と呼ばれる組織によってすべて修復・再建されていた。これは在野のバス停使いによる破壊行為を保障・隠蔽するために設立された超法規的秘密財団法人であり、ニュースでよく叩かれている横領や使途不明金は、実はこういうところに消えているのである。
嘘だと思うなら近くのバス停を振り回してひと暴れしてみるといい。
消されるけど。
そんなわけで、ようやく学業への復帰が叶った篤であるが、一ヶ月というのは決して小さくないブランクだった。事実、初登校となる今日の授業はまったくカケラもわからなかった。
――死のう。
懐のドスに手をかけた瞬間、級友数名によって故なき集団暴行を受け、あえなくドスを没収されてしまったのだった。
――実に、無体な話である。
俺が何をしたというのか。
失意の中で下校しようと下駄箱に向かい、靴箱を開けると――中に瀟洒な封筒が入っていたのだ。
宛名は『諏訪原くんへ』とある。
「ふむ」
さっそく封を開け、中身を取り出す。
隅に桜の花びらが描かれた、雅な便箋だった。
諏訪原くんへ。
まずは退院おめでとうを言わせてください。ひさしぶりに元気な姿を見られて安心しました。
まだお怪我が残っているようですが、無理はせずにきちんと療養してくださいね。諏訪原くんはちょっと無茶をしてしまうところがあるので、わたしは何だか心配です。
諏訪原くんがいない間、いろいろと思うことがありました。
わたしのなかで、諏訪原くんがいかに大きな存在だったかを、不意に思い知らされた気分です。
突然こんな手紙を受け取って戸惑っているかもしれません。
でも、わたしの胸にあるこの気持ちに整理をつけないと、今にもハレツしてしまいそうなのです。
あなたをずっと見ていました。
入学式の時、階段で足を捻ってしまったわたしに、手をさしのべてくれた時から、この気持ちははじまっていたのかもしれません。
諏訪原くんの落ちついた声とか、ほっそりした指さきとか、やさしい目とか、思いだすたびにどんどん胸がくるしくなっていきます。
本当は、この手紙で伝えようと思っていたけれど、わたしは文才なんてないから、諏訪原くんへの想いはきっと十分の一も伝わらないことでしょう。
あなたの目をみて、直接伝えたい。
放課後、教室で待っています。
「オイオイ篤! オイオイオイオイ篤! なんだよそれオイ畜生それ! 青春それ? 青春かお前それ! 羨ましいじゃないかこの野郎ブッ殺すぞこの野郎ちくしょ~い!」
横で甲高い声が上がった。
振り返ると、高校の制服を着た小学生がいた。
・高校の下駄箱にいて
・高校の制服を着ている
そんな人物の正体を想像するなら、高校生と考えるのが妥当である。しかし、場所や服装などのあらゆる諸要素を加味してもなおその少年は小学生にしか見えなかった。
めちゃくちゃちっちゃいから。
ちっちゃい上に頭身が低く、目もでかい。制服はダボダボであり、明らかに二次成長はじまってない。
嶄廷寺攻牙。
高校二年――信じがたいことに篤と同学年のクラスメートである。篤のみぞおちあたりに頭のてっぺんがくるという尋常ではない小ささを誇り、紳相高校生徒の中でもぶっちぎりで最小。
二年の男子の中で最小なのではない。全学年の男女含めての最小である。
「む、攻牙か」
篤は、攻牙の頭をつかんでぐりぐり回した。
「お前は相変わらず小さいな。注射器で牛乳を血管に注入してみると良いのではないか? 普通に飲むより効くだろう」
「牛乳大明神様をヤバいお薬みたいに言うんじゃねえー!」
攻牙は短い腕をぶんぶん振りまわして篤の手を振り払う。口調は荒いが、なにしろ見た目が小学生なので迫力に欠けることおびただしい。そのせいで上級生に可愛がられたり同級生に可愛がられたり下級生に可愛がられたり、ことによると中学生に可愛がられたりとロクな目に遭わない男である。本人としてはマスコット的ポジションは気に入らないらしく、努めて粗暴な口調でしゃべることにしている……のだが、そういう必死に尖がってる感じがまた可愛らしいと学校のお姉さま軍団や一部特殊な趣味を持つお兄さま軍団に評判である。なんだこの学校。