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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #7
――結局。
少々肌寒い夜風のなか、しばらく探し回ってはみたものの、それらしい姿を捉えることはできなかった。やっぱり気のせいか。
やれやれとマリセンに戻ってみると、
「あれ……」
先輩が陣取っていたUFOキャッチャーの周辺に、数人の人影があった。
よく見てみると、その中の一人はリツカ先輩だ。そして彼女以外の全員が男だ。見たところ、高校生か大学生だろうか。今風のファッションを着こなした、爽やかな面々だ。
ほんの少しだけ、嫌な予感を抱く。
何か――
何か、リツカ先輩が取り囲まれているような……
いやいやいやいや。すぐに悪意と結び付けてはいけない。
あれだ、きっと学校での友達にばったり会って話し込んでいるんだ。
その証拠に、若い男どもの表情はものすごくにこやかじゃないか。
問題ない。
何も、問題は、ない。
――男の一人が不意に手を伸ばし、先輩の細い腕を掴んで引っ張った。
――先輩の大きな瞳に、はっきりと怯えの色が走った。
ぞわり、と。
腹の底で小さな熱が発生し、チロチロと臓腑を撫で上げるのを感じた。
対照的に、胸のあたりは冷たく凝っている。
現実を見ろ。
あれは控え目に言うところの『ちょっと強引なナンパ』だ。
ぼくは深々と呼吸を行い、気分を落ち着かせると、歩き出した。
決して走らず、着実に距離を詰めていった。
「先輩、遅くなってすいません」
声をかける。
途端に全員がこっちを向く。刺すような視線。
「あ……」
涙目の先輩が、安堵したような、不安なような、途方にくれたような顔をした。
「話し込んでいるところ悪いんですが、ちょっと来てくれます?」
男の手から、スルリと先輩の手を抜き取ると、そのまま握り締めて包囲から抜け出した。すれ違いざまのにこやかな会釈も忘れない。男たちは一瞬の出来事に唖然としているようだった。
急く気持ちを抑えて歩きつづけること数歩。
「困るなぁ、ちょっと待てよ」
後ろから声。
ぼくは心の中で天を仰いだ。
あぁーそうだよなぁー! やっぱ見逃してくれるわけないよなぁー!
ぼくは先輩の手を握り締めたまま、全速力で走り出した。
「わぅっ」
彼女はこけそうになりながらも、なんとかついてくる。
「待てって、おい!」
柔和な仮面をかなぐり捨てた声が、後ろから迫ってきた。複数の足音が聞こえる。
ぼくらはマリセンから飛び出すと、街路をでたらめに迷走しだした。
右左右左左右左左右右ときてもっかい右!
しかし――
「しつこい……!」
後ろを振り返る。彼らはニヤニヤ笑いながら、一定の距離を保って追ってきている。
くそっ、なんか楽しんでるぞあいつら!
「ちょ……ごめ……もう、限界……っ」
息も絶え絶えに、先輩は立ち止まってしまった。
限界なのはぼくも一緒だ。
二人で膝に手を突いて、ぜえぜえ。
消えかけの街灯が点滅する、人気のない公園。
いつのまにか、そんなところに入り込んでいたようだ。樹々の匂いが、大気に溶けている。よりによってこんな人通りのないところで息が切れるとは……
すぐに強制ナンパ集団が追いついてきた。
「おいおい、終わりかよ」
嘲りの混じった笑いが上がる。
……なんでそんなに余裕なんだ。陸上部かアンタら。
ようやく呼吸が落ち着いてきた。
「しつこいな……何なんです? 何か用ですか?」
睨みつけながら、言う。
「だからさ、俺らはそっちの娘とお話してたの。邪魔しないでくれる?」
「嫌がってます。やめてください」
舌打ちの音が聞こえた。中央にいた一人が、ジャケットの懐に手を突っ込んで近づいてくる。
「何なの? 君。はっきり言ってウザいんだけど――」
取り出されたのは三段式警棒。男が打ち振るうと、遠心力でカチカチッと伸びた。
え、嘘……
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