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ケイネス先生の聖杯戦争 第四十局面
ディルムッドは口ごもり、しかし毅然と主を見返す。
「……お言葉ですが我が主よ、それは神秘や力や価値を有限の定量として扱うようになった、この時代に特有の考え方です。私にとって生きるとは奉仕であり、責務の履行こそが幸福へ至る道でした。捧げるということは必ずしも不利益ではないのです」
「いいか、等価交換とは何も有限のリソースを損分なく扱うための原則というだけのことではない。それは人と人との向き合い方に一定の指標と保障を担保するためのものだ。これだけあげたのだから、これくらい貰っても良いだろう。これだけ貰ったのだから、この程度はしてやるか。そのような物差しを得ることで、人は初めて「己をどの程度律すべきか、どの程度欲を満たしても許されるのか」という問いに答えを得られるのだ。そこへお前のような損得勘定の壊れた異分子が入り込んで見ろ、ろくなことにならんぞ」
槍兵の眉間に、苦悩の皺が寄る。
「損得勘定が悪いとまでは申しません。しかしそれだけしかないのでは、差し出せるものを何も持たぬ者らが救われません。誰かが己を顧みずに手を差し伸べなくてはならない。私の時代では、その役目を担っていたのは騎士でした。この時代でも、きっと同じ役割を担う者はいるはずです」
「その役目は「福祉制度」という名を得て、すでに人の手を離れた。それが人類の出した結論だ。己を顧みない在り方を人は体現できないし、無償の慈悲を与えられて嫉妬や堕落と無縁でいられるほど強い人間はほとんどいない」
「だが、あなたは余人とは違うはずだ。貴き方よ、あなたの血に宿れる霊威は、これまで下々を従え、彼らの奉仕を引き出してきたはずだ。なぜ私の奉仕だけを受け取っては下さらないのか」
「単純な話だ。私に頭を垂れ、尽くし、付き従った者らは、私の庇護か金銭か薫陶を必要としていた。ゆえに私は彼らの奉仕を受け取り、慈悲を垂れた。だがお前は何も受け取らぬと言う。それが私の顔を潰す言動だとなぜ気づかん?」
ディルムッドは、声なく呻いた。
頭でケイネスの言を理解しても、感情が承服していないようだった。
「……もう良い。益体もない会話であったな。下がれ。お前の忠誠は疑わん」
「……は」
渋い顔のまま、騎士は姿を消した。
ケイネスは息をつき、再び身を横たえた。
そうして一人になって見ると、自分がなぜあそこまでディルムッドの奉仕を毛嫌いして来たのかを自覚する。
――私は、知りたかったのだな。
自分が、いかなる願いを踏みにじることで根源へと至るのかを。
そうすること自体に躊躇など欠片もない。
――だが私は、自らの罪をしかと見据え、胸に刻んだ上で、この世界を逸脱したかったらしい。
無意味な罪悪感。まるで下賤の凡俗ではないか。下らん感傷だ。
自嘲の笑みを残し、目を閉じた。
●
その夜、アサシンのサーヴァントが遠坂邸へと突撃を仕掛け、迎撃に現れた黄金の人影によって一矢報いることもなく撃滅された事実が、すべての陣営の知るところとなった。
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