第三の錬金登録兵装
空中を、何かが回転していた。それは鮮血を撒き散らしながら放物線を描き、やがて地面に落ちる。
オークの、腕だ。それだけでフィンの体重よりも数段重いであろう塊が、無造作に転がっている。
「あァ!?」
切断面から紅い奔流を流出させながら、オークはバランスを崩し、尻餅をついた。
それを背後に、黒い影が刀を振り抜いた片膝立ちの姿勢で静止していた。
やがて、刀をひょうと振るい、悠然と立ち上がる。
空中に静止した紙の足場を高速で駆け、最短距離で戦闘現場に駆けつけた青年は、その美貌に峻険なる瞋恚を湛え、オークを振り返った。
「まずは、腕一本。」
その眼は――思わず息が止まるほどの冷たい戦意が宿っていた。
そしてちらとこちらの方を見やり、オークに目を戻す。
「お前が奪ったものに比べたらまるで吊り合わんが、そこは命も上乗せすることでひとまず満足してやるとしようか。まったく我ながら慈悲深いことである。」
「あァ? なんだテメェ、そこのカスの連れか?」
「黙れよ。下種張った鬼風情が人の言葉を喋るな。」
落ち葉がふわりと動く情景だけを残し、青年の姿は掻き消えていた。
オークの巨体の周囲を剣光が幾重にも閃いた。鋼の悲鳴と同時に血煙が吹き上がる。
「ヌゥ――!」
悪鬼はよろめき、片膝をつく。
だが、その背後に出現した総十郎は、不可解げに眉をひそめた。
「おや?」
音叉のごとく殷々とした唸りを発する自らの佩刀を眺める。鍔元に自動琴めいた仕組みを有する、超常の機構刀を。
「妙であるな。鋼の分子振動に合わせたはずだが――」
背後のオークを振り返り、首を傾げる。悪鬼の王の黒き魔鎧には、傷一つなかった。
「――透過せぬ。奇怪なり。」
「ごちゃごちゃ何ホザいてんだオラァッ!!」
振り返りざまに斬撃。大戦鎌が広範囲を薙ぎ払い、紅い斬光が巨木に深い切れ込みを入れた。凄まじい刃風が土塊や苔を舞い上げる。
「原理はわからぬが、その得物と甲冑にはなにか秘密があるようであるな。やれ/\、これでは心臓だけ両断して終わり、というわけにはゆかぬではないか。難儀なことよ。」
振り抜かれた鎌の上に音もなく降り立った総十郎は、冷淡な笑みを浮かべて肩をすくめた。
――大丈夫、ソーチャンどのはすさまじく強い。
あちらは任せても問題ないだろう。
ゆえにフィンは己が成すべきことに集中する。
「みんな!」
声を上げると、すぐさま七つの小さな光がフィンのそばに飛んできた。〈アンガラ〉もいる。総十郎についてきたのだろう。
強い斥力場を帯びる戦術妖精たちに、物理的な攻撃はまず命中しない。鎖と鎌の破滅的な乱舞のさなかでも、フィンは彼らの心配はしていなかった。
斬伐霊光を伸ばして、斬り飛ばされたリーネの右腕を手元に引き寄せると、慎重に切断面同士を合わせ、銀糸でぐるぐる巻きにした。
「総員、円環隊形!」
フィンの命令に、しかし戦術妖精たちは一瞬まごついた。
目を見開いて、本気? と言いたげな眼差しを向けてくる。
「この人に怪我をさせてしまったのは、我が分隊全員の責任であります。我らセツの大義に身命を捧げた軍人は、命を捨ててでも民間人を庇護する義務があるであります! さぁ、早く!」
フィンの意志が固いことを感じとり、渋々戦術妖精たちはリーネの右腕を中心に円陣を組んだ。
輝く翅をいっぱいに拡げ、真円を形作る。
そして――
「――〈そは大地より天へのぼり、たちまちまたくだり、まされるものと劣れるものの力を取り集む。かくて汝は全世界の栄光を我がものとし、ゆえに暗きものはすべて汝より離れ去らん〉――」
駆動文言。
両掌にインプラントされた〈哲学者の卵〉が熱を帯び、肺の下に貯蔵される水銀と硫黄がそこに流し込まれた。
「――白銀錬成・銀環宇宙!」
錬金文字が、妖精たちの円に沿って出現。ゆるやかに回転を始める。
フィンの両掌から銀の流体がまろび出て、銀の輪を形成。それはフィンのいた世界を示す模式図である。最も外側に最高天上界が渦巻き、その内側に恒星圏、七つの惑星圏、太陽、そして最も中心に地球が位置する。それらは緻密にして荘厳なる完璧な秩序をもって自転と公転を執り行い、あたかも一個の巨大な有機体であるかのごとく、あるいは何千何万もの工程を経てようやくひとつの珠玉を製造する自動工場のごとく、ある奇跡を結実させようとしていた。フィンの故郷がそうであるように、この戯画化された小さな宇宙もまた、ひとつの結果を導き出すために構築されたシステムなのだ。
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