#198_【観光ガイド】「好き」を見つける「まちあるき」授業_並木有咲さん
少し前の話ですが、今年7月対馬高校商業科で、対馬の魅力を発信する対馬出身の若者を紹介したいと思い、対馬の素敵な風景に魅了された城崎祥熙さんと対馬の海を満喫している犬束祐徳さんに、「観光ビジネス」の授業で講話をしていただきました。
それに続き2学期では、一般社団法人あるっこ代表の並木有咲さんを講師に、実際に厳原のまちに出て気になったものを自分の言葉で発表、共有し、いままで知り得なかった魅力を発見する授業を、3回シリーズで実施しました。
授業を企画した動機と学校側の思惑
観光業の目線
思い立ったきっかけは、私が学生時代に接客のアルバイトをしているときから一貫して自分が良いと思うものでなければ相手には勧められないという考えを持っていたことでした。
観光で商品となるものは住んでいる地域にあるもの/いる人になりますので、地域を見渡し、他人に勧められるものを自分で見つけ、それを勧められるようになることを目標に設定しました。
しかし、いきなり「地元対馬にある好きなものを探しましょう!」と言われても、大半の人はパニックになるだろうと思いますので、島外の方の目線も交えながら、どんなものを、どのように発信すれば良いのかを経験する機会になればと思い企画しました。
学校のニーズ
知り合いの先生に事前相談したとはいえ、私が勝手に作った企画を持ち込まれた学校側からは、どのように受け止められたでしょうか。
並木さんの授業が終わったあと、商業科の先生に恐る恐る伺ったところ「対馬高校では今年から「観光ビジネス」という科目が導入されることになり、この科目では実践的・体験的な学習活動を行うことを目的としているため、実際に外に出向いて活動しなければならないと思っていたが、どことつながればよいのか模索していたところにこの話が来たので、ちょうどよかった」とのこと。
近年では、総合学習の導入などにより、商業科に限らず地域との連携が必要になってきていると察しますが、長崎県の公立高校ですと生徒の通学範囲が広いですし、教職員は離島も含め県内全域に異動するため、小中学校以上に地域との関係づくりが難しい面があるのだろうと感じます。
授業の内容
1回目では、対馬のまちなかを「鳥の目」(俯瞰)「虫の目」(詳細の把握)「魚の目」(流れを掴む)で捉えながら「ワクワク」「ほっとする」「モヤモヤ」「対馬っぽい」ものを各自で思い浮かべ、その後グループの中で語り合ってもらい、2回目では実際にまちに出て散歩しながら好きなものを見つけたあと、それをテーマにツアーの企画をしてもらいました。
まちの「好き」を想起するワークショップ(オンライン)
まちで「好き」を見つける「まちあるき」(リアル)
「好き」をどのように発信するかを考えるワークショップ(リアル(まちあるき後))
ポイントはモヤモヤ?
私の中では、「対馬の特徴を見いだすのによその地域など比較する材料がなくても大丈夫なのだろうか」という心配や、「観光業は、それを切り口に地域の資源を見いだしたり、地域の課題を解決するために寄与すべきであり、観光業自体が目的となってしまうことは好ましくない」という考えがありました。
そして、探すもののテーマに「モヤモヤ」が入っている意図はどこにあるのだろう?というのも気になりました。もしかして、「いぬふん看板」(※)に共感してくれる生徒でも探すのかなぁ…とか。
とはいえ、おっさんが頭ごなしに小難しいことを言い出すと授業がつまらなくなると思い、生徒と歳が近い並木さんに任せて見守ることにしました。
そんな心配をよそに生徒たちからは、「地元の人が狭くてあまり通りたがらない路地に着目し、アンケートに答えてもらい、その診断結果からおすすめの路地を紹介して魅力を感じてもらうツアー」や「レトロな街並みを散策しながら見掛けるとモヤモヤを感じる空き家をワクワクするものに造り変えるアイデアを競うツアー」などの企画が出されました。
むしろ、生徒から積極的に地域のモヤモヤをツアー企画で解決しようする前向きな姿勢が表れていて、頼もしさを感じました。
振り返り
並木さんの感想など
並木さんが「まちあるきをする前の段階で、生徒が都市部の大学生よりもまちの特徴をすらすら書き出していたのに驚いた」と話していましたが、それを裏付けるかのように、路地を紹介するツアーを企画した生徒以外にも、厳原の路地についてアツく語る男子がいました。○○の路地のこの角度のカーブが良いとか、時間帯によって見え方が違うとか。
対馬では、大半の人は数百mの移動でも車を使うほどの車社会ですので、私自身は他人よりもまちの中をくまなく歩いているつもりでいましたが、彼の観察眼の鋭さに「参りました」という感じでした。
逆に、なんでそんな路地の細かいところまで詳しいのか気になり聞いてみると、「他にすることないけん」とさらっと返されました。
(娯楽などが)ないところから面白いものを見出そうとする能力なのでしょうか、大げさかもしれませんが、人生のどこかで生きてきそうな経験ではないかと思います。
「なんもないけん」は本当に何もないからなのか?
「あなたのまちの良いところは何ですか?」と尋ねると、「うちのまちにはなんもないけん」と言われることがよくありますが、それは額面通りに受け取ってはいけないことを、生徒が書き出したワークシートから改めて感じました。そのような言葉が発せられる裏側に、どのような心理や意識があるのかを見定める必要があるという意味で。
そのように言ってしまうのは、謙遜や照れなのか、言葉にするのがめんどくさいからなのか、周囲から言われる影響なのか分かりませんが、なんだかんだ言っても実際は何かを持っているものだと思います。
しかし、歳を取るにつれて感覚がさび付いてしまうからなのでしょうか、言葉が意識と結びついてしまうからなのでしょうか、もう少し突き詰めて考える必要がありそうですが、ここの対応を誤ると、せっかく地域のことを深く学んでも台無しになってしまいそうに感じます。
現時点で感じること
「若者が自らの意思で地域貢献を志すようになるために、我々大人はどのような促しをしたら良いだろうか」という問題を突きつけられた感じですが、他人から何と言われようが「これが好きだ!」と言える胆力を鍛えることなのか、表現し続けることを諦めない根気強さを身につけることなのか、具体的にどうしたらよいのかは、人それぞれ違いがあるのかもしれませんが、自らの意志で考え、発信し、行動する人材育成が必要なのだろうと感じています。
おまけ
生徒の飲み込みがよく、 当初立てたスケジュールを大幅に早く消化してしまいそうだったため、3回目の授業では、急遽並木さんに高校卒業から現在までの「ご自身のあゆみ」についてお話いただきました。
彼女は、まちあるきを楽しむ人や歩いて楽しいまちが増え、日々幸福感を味わえる世の中になってほしいという想いから、学生時代に「あるっこ」を立ち上げました。すでに卒業した現在では、神奈川県民なら誰でも知っている会社にお勤めですが、「あるっこ」の活動は継続し、今年5周年を迎えました。
そして、授業を受けた生徒が商業科の3年生ですので、高校を卒業してからの紆余曲折を話してもらいました。
志望していた大学に合格できず鬱々としていた頃の話からはじまり、イベントで参加費より高い食事代を設定してしまい原価割れさせてしまった失敗、今年7月にクラウドファンディングを実施して5周年記念の個展(あるっこ展)を開催したことなどを話してもらいました。
落ち着いた口調で穏やかに話す彼女からは、「修飾活動」みたいな気取ったところはない、シンプルで洗練された雰囲気を感じますが、どんな活動も3年続いてまわりの人からなんとなく認めてもらえるところ、会社員で普通にフルタイムで働きながら「あるっこ」を5年続けていますから、単純にすごいと感じます。それができているのは、自分が動けないときに支えてくれる他のメンバーの存在や、勤務先がこのようなライフスタイルを許容してくれているから、とも。
私が社会人3~4年目の頃(およそ20年前)であれば、「平日の日中に学校で授業してきますので有休ください!」と申請しようものなら、おそらく殴られていたかと思いますが、世の中の変化も感じます。
そして、彼女は現在、勤務先で不動産開発に関わる仕事をしていますので、「あるっこ」のまちあるきで大事にしたいと感じる古き良きものを残すのとは真逆な場面に遭遇することもあるそうですが、その中でもどのようにしたらまちに佇む小さな幸せを感じるものを残せるのか、不動産開発はどのような論理で動いているのか、組織の中で日々葛藤しながら学んでいるとのことでした。
社会に出ると、物事は一筋縄では進まないという、あまり夢や希望のない話になってしまったかもしれませんが、大資本に対してささやかな抵抗をする並木さんの話を笑みを浮かべながら聞いている生徒もいましたので、何かの役に立ってくれたらと思いました。
今後の授業
「並木さんは会社員の仕事をしながらあるっこの活動を続けていてすごい」と書きましたが、実際のところ対馬では、本業以外の仕事や活動を持っている人は都会ほど珍しくありません。
対馬の中が専業で成り立つ規模の市場ではありませんし、地域活動の担い手も減少の一途をたどっていますので、むしろそのようにせざるを得なかった部分が大きく、仕方なくそうなったという意識を持つ方が多いですが、近年の新しい働き方と照らし合わせると、最先端をいっているのではないかと感じます。
就職を控えている生徒が多くいるようですので、来月はジブンの「好き」をどのようにしていきたいか考える講話を、対馬で多彩な活動をする方々を講師に実施しようと考えています。
さいごに
会社員のお仕事や横浜での「あるっこ展」開催と重なり、ご多忙の中時間を作ってくださいました並木有咲さん、3日間にわたって合計10コマ授業を持っていただきありがとうございました。
この授業の企画を持ちかけたときに「ぜひやらせてください!」と即答してもらえたのが非常に印象に残っており、大変感謝しております。
そして、金曜日の授業時間を調整くださいました商業科をはじめ当該時間の先生方、ご協力ありがとうございました。
生徒からは「これから対馬のことをもっと知っていきたいと思った」「遠いところのまち歩きもしてみたい」「散歩にランニング、サイクリング様々な方法で景色を楽しんで自分の生活を充実させたい」といった感想をもらいました。もし良ければ、今後も様々な目線を駆使してまちの中をめぐってほしいです。
私も、日本のハジッコから、まちあるきを楽しむ人や、対馬が歩いて楽しい場所と感じる人が増える活動をしていきたいと思います。
そして、「あるっこ」さんでは毎月おさんぽイベントをしていますので、首都圏にお住まいのさんぽ好きのみなさんは、ぜひぜひご参加ください。