【連載小説】「雨の牢獄」解決篇(四)
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【注意】
本投稿は、犯人当て小説「雨の牢獄」の解決篇です。
問題篇を未読のかたは、そちらからお読みください。
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ハンドルの脇に手を伸ばす瀬奈。
ワイパーが作動し、フロントガラスに付着していた夥しい数の水滴が一掃された。
また、雨が強くなってきたのだ。
「本当は絵に描きながらだと、わかりやすいんだけど」
「大丈夫……その前に」
「うん」
「そもそも足跡をつけ直すには、相応の時間が必要だと思うの」
あったじゃないか、と即答する黎司。
「そのための睡眠薬だよ」
ああ、と瀬奈。
「私たちが眠っている間にそんなことを……つまり『犯人が私たちを眠らせた本当の理由は足跡をつけ直すこと』だった……」
「流石に『蘭さんが殺害されたのはそれを隠すためのカモフラージュにすぎなかった』と考えるのは早計だけどね」
「そう、ね……」
「話を戻して……〈足跡の密室〉の説明だ」
ええと、と独り言ちる黎司。
「まず犯人は、僕たちが眠っていることを確認してから、本館の玄関に向かう……そして、事件発見と現場検証で私たちが歩いた足跡――別荘の北側についた複数の足跡の上を歩いて、離れに向かうんだ……さっき話していたように、僕らの足跡の上をさらに踏み重ねても区別はつかないはずだ。僕たちの誰かの靴を使うこともできたわけだしね」
「そうね……」
「そして、本館の北側を経由して離れに到着した犯人は、裏庭の花壇用のホースを手にした」
「うん」
「本館の裏口と離れの入口の間の足跡――事件発見時に僕たちが見たその足跡を、ホースのシャワーヘッドで水を撒いて消してしまう」
「そんなに綺麗にできるものなの」
「たとえば……先に手とか、足とかである程度、物理的に土と足跡を均しておいて、その仕上げにシャワーを使うこともできたわけだし……犯行直後とは違って人目を気にしなくていいわけだから、いや、それでもいつ道路が復旧して警察がやってくるかはわからないから、時間的な効率を考えたらホースで水を撒くのが手段としては最短じゃないかな」
「でも……そうすると、犯人はホースを片付けるために、離れの入口に戻らないといけないわけでしょう」
「だからここからは、いままでの手順を逆に辿るようなことをする」
「逆に辿る……」
「離れの入口脇にホースを片付けた犯人は、離れにあるサンダルを手に取る」
「足跡をつけ直すわけね」
「そう、犯人は、別荘の北側の足跡の上をまた踏み歩きながら本館の玄関に戻って」
「玄関から廊下を通って、本館の裏口に向かう」
「わかったみたいだね」
「裏口でサンダルを履いて、今度は後ろ向きじゃなく、ちゃんと進行方向のとおり普通に歩いて離れに向かう」
「そう」
「そしてサンダルを離れの入口に置いて」
「また本館の北側の足跡の上を歩いて……そして本館の玄関に戻る」
パズルみたいね、と瀬奈。
「そう……単に足跡を消すだけじゃなくて、その上をもう一度歩いて、裏口から離れに向かう足跡をつけ直すわけだから、シャワーで足跡を均すのは必要最小限で充分だったはずだ」
「なるほどね」
「実際に犯人がやった方法と細部が違う可能性はあるけれど、とにかく……僕たちが睡眠薬で眠らされている時間帯に、僕たちの足跡の上を歩いて往復することによって、犯人が足跡をつけ直すことはできるわけだ」
「そうね」
「何よりも重要なのは……話が最初に戻っちゃうけど、裏口のマットの泥と鑑識の結果の矛盾は、犯人がこの時間帯に足跡をつけ直したということを示しているわけで……つまり、僕たちに睡眠薬を飲ませた人物こそが犯人だということだ」
「それは最初からわかっていたことじゃないの」
「そうなんだけど……足跡を消すことを考慮に入れてしまったら、まったくの第三者が足跡を消しながら別荘に出入りする可能性まで考えないといけなくなるわけで」
「気持ちとしてはそう考えたいところだけど」
「でも……『犯人が足跡をつけ直すためにキッチンのポットに睡眠薬を投入した』ということを前提とするなら、部外者の介入を考慮する必要はないだろう」
黎司が言葉を切る。
束の間、天使が通り過ぎていく。
「では、足跡をすり替えることができた人物は、誰か」