望むらくは貴女の手を§3
幼馴染を悼むのに、合唱曲を何度も聞き返した。「白木蘭にも似た」と始まる歌詞に、何度も涙を垂れた。
前向きにはなれない。二人を引き付けたのはそういう後ろ向きな性格だったことは明らかだった。「死にたい」なんて言葉は生に貪欲な連中からはまず出てこない。そういう、無関心が引き起こす堕落など、よく知っていた。
しかし思えば不思議でも何でもなかった。彼は寂しかったのかもしれない。私が恋にうつつを抜かした二年間が。
運命というのはいたずらなものだ。それが一度運命の振る舞いとなって現れれば、それはもう手が届かないのだ。いたずらなものだ、全く。
私はその全貌に惹かれた。決して可愛いとは言えなかった。それでもその知的な振る舞いと、心が触れ合った時の琴線のたなびきが、後になって後悔を催させたのだから、あれは運命だろう。
「君は何の小説が好きなんだい?」
「太宰治」
「なんで?」
「……好きなことに理由はある?」
「確かに……」
的を射ていた。わからないのだ、好きになることの全容など。
初めて会ってから二、三か月した頃、普通の喫茶も飽きたから趣向を変えてみたい気持ちになった。胸一杯に、黒っぽい紫の芥が巻き起ったのだ。
「家に来ないか」と誘ったのであった。
夕暮れ、秋、富山。こんな日にはラブソングでも聞きたいと思うものだ。歌うたいのバラッド。
雑然とした狭い部屋、読み切らずに机を埋め尽くした本の群れ、エロ漫画、プレイステーション。初めて誘ったのに、後悔することになりそうだった。それは別にいいのではないか。どうせ彼女はついてくる。きっと。
彼女が部屋についてから二時間経った。
開口一番に「お似合いの部屋」と言われた。うれしいようなこそばゆい感情だった。アルコールもないのに火照った身体。見つめあう二人。自然に唇が触れた。
裸は奇麗だった。手首には幾筋か蚯蚓腫れ。彼女の惜別や苦悩にそっと接吻する。溶け出す脳みそ、踊る二人、夜が明ける。
気まずさはなかった。より近づいた心に、ゆったりと触れ合う時間に、お互いにそっと寄り添った。奇麗だった。過去も、現在も。
未来は、違ったみたいだ。荒れた同棲に愛想を尽かして彼女は出て行ってしまった。
それを木村に相談すると一蹴「欲張りすぎだ」。
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