祖父に孫 孫に祖父
「パパもママも、家族みんな八街にいて元気だよ。大丈夫だから」
病院のベッドに横たわる祖父は、私がそう伝えると2回ほど首を縦に振り、安心したように目を細めた。
握られた手から感じる生命力は、まさかその2日後にあちらへ渡ってしまうとはとても思えない力強さがあったが、今思えば「祖父はまだこちらに留まっていてくれるはず」という願いから感じたものだったかもしれない。
祖父と最期に交わしたこのやり取りは、未だ家族には話していません。
現在進行形で果たす約束だと思うところは強いのですが、誰かへ話すことで安っぽい物語となってしまうのを避けているのでしょう。
どこかには残しておきたいとも考えるなかで、まさかその手段が弊社のアドベントカレンダーになるとは当人も予想していませんでしたが、
クリスマスには皆さん大事な人と過ごすことでしょう。
現世から旅立った人へ心馳すのも良いと思いますということで。
祖父のことをテーマに扱った背景には、
このnoteの題材を何にしましょう?とCSの定例会で雑に振ったところ、
上席である清水さんから「落花生は?」と返ってきたところから始まります。清水さんは十中八九、いえ十中十適当に言っているだけです。
祖父と落花生、それは切っても切れないものです。
父方の祖父母は父の幼少期に亡くなっているので、私には生まれた時から母方の祖父母だけがおじいちゃん、おばあちゃんと呼べる存在でした。
静岡生まれの祖父は20代で製茶と落花生の加工・販売を始めました。
千葉県富里市で営みを始め、後に八街市へと転居・移転します。
その事業は現在、父母へ受け継がれ、創業70年を過ぎたところです。
私が落花生と関わりがあることをなぜチームの皆さんがご存知かというと、
社風によるところが大きいです。
わりかしなんでも話しやすい雰囲気があり、年末の週末は家業の手伝いをしていると話しているためかと思います。
副業申請ができたら格好付くのですが、零細も零細なので私は無給です。
「タダ働きしてるの!?」と驚かれもしますが、仰る通り。
昼食に米と納豆が出るくらいで、高望みは禁物です。
小学生の頃から煎った落花生の袋詰めや、発送のための伝票書きなどを
手伝って「計るのが早いね」「字が上手だ」と祖父に褒められてはフフン、と鼻を高くして喜んでいたものです。
例え無給だとしても、
初めて祖父のいない年末となった今年も、
「家族が第一」と言い続けた一国者の意思を思い出すと、
家業が多忙な時期は自然と週末を空けておくようになりました。
落花生を見る機会、食す機会がない方が大半かと思います。
私の住む八街市は日本有数の納税率が低い・・・ではなく、
日本一の落花生収穫量を誇る街です。
名産は落花生一点貼りの田舎も田舎ですが、
秋になると「らっかぼっち」が畑のいたるところに見えたり、
最近は愛犬家のためのホテルもできたりと(ガパオ担当の鈴木たかひろさんから聞いて知りました)
田舎風景と物好きな企業による再開発の僅かな兆しが見られる土地です。
らっかぼっちでしっかり乾燥した豆は
弊店のような加工店に卸され、煎ったり煮たりされて
お歳暮など御贈答にご利用頂いたり、嗜好品として食されます。
お歳暮商戦はクリスマスまで特に忙しく、頻繁に注文が入ります。
祖父がまだ運転していた頃は、販売店へ卸すために一緒に配達へ行きました。
私の目的は配達の帰りにおやつを買ってもらうことでしたが、
行き帰りの車内で二人、いろんな話をしました。
その大半は大したことではなかったのですが、
葬儀担当から祖父を送り出す時の会場曲を選んで欲しい、と
楽曲リストを渡された時に迷わず平原綾香の「Jupiter」を選べたのは、
「テレビで上手な歌手を見つけたんだよ」「良い歌だ」と楽しそうに話す
幼い頃に見た運転席の横顔を覚えていたからでしょう。
「一国者」「孫に甘い」と印象を聞けば大体この二言が返ってくる祖父ではありますが、それと同じくらい事業には実直で、誠実な仕事ぶりでした。
気づけは当たり前にお店を手伝っていたのは、その後ろ姿を物心ついた頃から知っていたからだと思います。
「祖父だから」ではなく「仕事に直向きな人」を身近に感じて育ち、その人が喜んでくれることをしたいと自然に考えるようになっていったのかもしれません。
あいにく自らは家族を増やせそうになく、
祖父の守ったものは私が根絶やしにしてしまうことを申し訳なく感じますが、最期までいたこの土地は今後も執念深く住み続けます。
祖父におかれましてはどうかご安心ください。
早朝から照りつける盛夏の日差しを受けて店へと出向く。
店の主人は病院から約5ヶ月ぶりに帰宅していた。いつも私を出迎えてくれていた居間に横たわり、残り僅かとなった現世の出立ちで眠っている。
その姿を横目に捉えると、予約時間通りに炊飯器のタイマーが鳴った。
台所では彼が欠かさず見ていた朝の連続テレビ小説が流れている。
表題曲に耳を傾けつつ、天上へ行く準備を整えているであろう祖父のため、炊き立てのご飯を目一杯よそう。
孫の炊いた飯で旅立ちができるなんて正に『虎に翼』でしょ、なんて気持ちを込めながら。