祭りの夜

「賑やかさってなんだと思う?」
葉山が急に切り出してきたのは、うだるような暑い夏のある日だった
「どういう意味?」
暑さにイラつきながら答える
この暑さの中エアコンも付いていないボロアパートに住む学生には、こいつの遠回りな言い回しまで暑苦しく感じる
葉山「賑やかさだよ"にぎやかさ"」
俺    「何が言いたい訳?」
葉山「賑やかさの正体についての考察だよ」
俺    「·····付き合わなきゃダメ?」
葉山「当たり前だろう?」

こいつは·····

葉山「僕はね、賑やかさって単純な煩さとか             とは違うとおもうんだよね。あれの正体はね、『人混み』だよ」
俺    「人混み?」
葉山「そう、人混み。どんなに大音量で音楽を流そうとね、人混みがなければ『うるさい』だけで『にぎやか』ではないのさ」

そう言いながら葉山は俺の後ろに回って布を顔にかけてきた

俺    「ちょ!ちょっと待ってなにすんだよ!?」
葉山「目隠しだけど?」
俺    「そうじゃなくて!なんで目隠しされなきゃならないんだよ!!」
葉山「君をある場所に連れて行きたくなってね、いや大丈夫危険はないよ」
俺    「俺は嫌だって言ってんの!」

そんな俺の努力も虚しく梱包をされてボロボロの軽自動車に積み込まれるのだった

車に乗ってみると目隠しを外された
俺    「外すなら目隠しするんじゃねえよ!」
葉山「雰囲気づくりさ」
そんなやり取りをしている間に車はゆっくりと走り出す
葉山の型落ちの軽自動車はボディーのあちこちが錆びていて、見るからに哀愁の漂う外見で
見た目にたがわない酷い乗り心地と、古い倉庫のような匂いがする年代ものである
どちらにせよ、大の大人の男が2人も乗ればスピードなど出ない

俺    「どこに行くんだよ」
葉山「賑やかな場所さ」
俺    「ふーん」
あぁ、こいつ言う気がないな·····
俺はおもむろに縛られた両手を器用に使いラジオを流した
ラジオからは軽快な音楽と陽気なDJの明るい声が流れ出す
DJが現在の時刻が午後6時である事を教えてくれた

どこに向かっているのかは知らないが目的地はあるらしい
葉山は車を法定速度で迷いなく人里から遠ざけて行った
暫く田舎の山道を走っていると道端にお墓が出てきた
田舎に住んでいる人なら馴染みがあると思うが
田舎の墓地とは人里のすぐ側、生活道路の近くにあるものだ
つまりもうすぐ人家が来るという訳だ

お墓を抜け、カーブを曲がった先は光る提灯やたくさんの電球に彩られていた
村祭りか·····
暫く吊るされた提灯と、田舎には似つかわしくないほどの人々の間を抜けとある神社の近くに停車した
手の拘束を外しながら葉山は「じゃあ行こうか」なんて笑った


俺   「いやあ!いいもんだな!祭りってさ!」

たこ焼き、ホルモン焼き、お好み焼き、綿あめ、スーパーボール掬い、ワニ釣り、射的、スマートボール
最近の祭りはステーキやタピオカなんて売っているのか·····

田舎とはいえ年に一度の村祭り、家族連れや若者で賑わっていた
こんな山奥とはいえなかなかに賑やかなものだ

車に乗り、そんな事を考えながら戦利品のホルモン焼きを食べていた
祭りを満喫していた俺はここに来る前、葉山に何をされたかなんて完全に忘れていた
忘れてはいけなかった
この男は友達と祭りに行こうとするタイプなんかじゃない

葉山「それじゃそろそろ行こうか」
俺    「え?」
その言葉が聞こえた瞬間視界が真っ暗になった
頭から布で出来た袋を被せられた
俺    「何をするんだよ!」
葉山「今日の目的地はここじゃないんだよ」
こうなったらこいつは俺の言うことなんてきかない·····
俺    「わかった!わかったから手は縛るなよ!」
葉山「そうやって大人しく座っていてくれるなら縛りなどしないよ」
カラカラと笑う葉山に殺意を覚えているうちに車は出発した

目が暗闇に慣れてくると被せられた袋から少し外の光が見えるのに気づく
賑やかな色とりどりのあかりが袋の隙間越しに見えていて
窓を開けているおかげで祭囃子も聞こえてくるし人混みの喧騒も聞こえる
自分の外見は外から見るとさも滑稽だろう
車を走らせる事にそれらがだんだんと減っていった

暫く無言の時間が過ぎていく

俺    「そろそろ教えてくれないか?どこに向かっているのか」

葉山は答えない

少し、ほんの少しだけ何か嫌な予感がした
袋の隙間から外の明かりは見えるとはいえ、周りの状況を理解出来るほどの情報は受け取れない
必然的に漏れる明かりと音に集中してしまう
つまり葉山からの情報提供がなければ自分がどこに居るか、どこに向かっているかがわからない

暗闇の中、不安に呑まれながら車のエンジン音とロードノイズ
風が入り込む音、自分の心臓の音で頭がいっぱいになっていった

どれほど走ったか、いつだかぶりに明かりが入り込んできた
車のスピードが落ちて外の喧騒も聞こえてくる
人混みの音と、明かりに少しだけ俺は安堵した

車が止まった

葉山「部屋での会話覚えているかい?」

葉山の声にすらも安堵してしまう自分に少し苛立った

俺    「なんだっけ?忘れた」

少し投げやりに答えた

葉山「賑やかさとはね、つまりは人混みなんだよ」

喧騒が聞こえる

葉山「君には今何が聞こえているかな?」
俺    「そりゃ色々だよ」
葉山「そうか、君は今どこにいると思う?」俺    「さっきの村だろ?」
葉山「なんでそう思うんだい?」
俺    「袋の隙間から明かりが見えてるし、人混みの喧騒も聞こえるし。そんなに走ってないだろ?」
葉山「そうかそうか!なるほどね!」
葉山は意地悪く手を叩きながらカラカラと笑う
俺はこの男の考えが理解できなかった、いったい何が言いたいのだろう?

葉山「いやねこんなに面白い事は無いよ!いやはや、こんなにハマってくれるとはね!」

喧騒が聞こえる

葉山「僕はね、さっきの村なんかには帰っていないよ」

たくさんの人が居る気配がする

葉山「君に何が聞こえて何が見えているのかは知らないがね」

明かりが見えている

葉山「ここが騒がしいと、賑やかだと感じるとするなら」

喧騒が大きくなる

葉山「君は素養があるかもね」
そう言うと葉山は被せていた袋を取った

その瞬間

音と光が消えた

目の前には

閑散とした墓地が広がっていた

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