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移民難民アリナミン的なお話

 得意先へ向かう電車の中で、気がつくと鼻歌が出ていた。最近、歳をとったせいかこういうことが増えている。頻尿、独り言、めまい息切れ、立ちくらみ。この間は、ジョギングしようと10メートルくらい走ったら、貧血で倒れた。歳は取りたくないものである。
 おれの鼻歌は、こういう歌詞だった。
「♪ 頭がクルクルクルドジン~。なくて七癖、いつもの寝癖。やっぱり彼らはクルクルパーマ」
 隣で立っていた部下の山本か山村か、もしくは山田とかいう男が慌てた口調で「部長、その歌はマズいです」と言う。
「ん!?」とおれは首をひねった。
 便宜上、山本という名にしておくが、山本は神経質かつ心配性の性格だ。仕事上はそれがプラスになることがあり、最近、おれのカバン持ちをさせていることが多い。
 おれの鼻歌の何がマズいのか、少し考えたのだが、しばらくして「あっそうか」と気がついた。
「すまんすまん」と頭をかいた。「CMのアイデアを考えていたんだ。髪の毛がクルクルパーマの土人がやってくるというイメージが浮かんだので、つい歌にしてしまった。今の時代、『土人』はまずかったな。差別語だ。せめて原住民とかネイティブと言わなくてはな」
「え、クルド人じゃなくて『来る土人』だったんですか? まあ、どっちでもマズいですが。そもそもクルクルパーマ自体誤解される可能性があるから言わない方がいいと思いますよ。正確には、スパイラルパーマです」
「おお、そうだったのか。わしははげてるから、パーマのことなど知らんのだ。しかし、君」とおれは先程から感じていた疑問を口にした。「そのクルド人というのは、いったい何なんだ?」
「あれ、それもご存知ないんですか」と彼は呆れた口調で言う。「川口市でクルド人たちが日本人に迷惑をかけているんですよ。もともとは難民としてやってきたクルド人が、解体業に就いて、真面目に仕事をしていたらしいんです。ところがそれがトルコや中東諸国に住むクルド人に伝わって『日本に行けば仕事がある』となってしまってどんどん増えた。さらに家族も呼んで、爆発的に増えたんだそうです」
「そりゃあ、マズいよなあ。移民が増えれば、出来の悪い奴も混じってるだろう。イギリスやフランスの二の舞だ。生活も文化も分断されて、様々な事件が起きる。本国人の犠牲者も増える。そして、ヘイトばかりが増えていく」
「そうなんです。川口市は、今、えらいことになっているらしいですよ。運転は乱暴、ゴミを撒き散らし、日本人死ねなどと叫ぶ。車で住宅に突っ込みながら謝罪もせず、『むしろ悪いのはそっちだ』と大勢で集まって威嚇したこともあるんだそうです。日本人の煽り運転なんて、かわいいもんですよ。最近では、女子中学生が襲われたり、川口市をクルド人の自治区にしろなんて言っているやつもいるらしいです」
「本物のキチガイだな。だったら、先程の歌詞がたとえ頭がクルクルパーのクルド人という意味であっても」
「いやいや、確かに意味的には間違いじゃありませんが、でもそれは言ってはいけないんです。世の中の常識として、そうなってますから。それが良識ある大人の見識です。そもそもクルド人に知られたら炎上して襲われますよ。間違いなくグーで殴られます」
「そりゃあ、怖いな。今の発言は撤回する。断固として撤回する。いや、ウンコとして撤回すると言っても過言ではない」
 おれの渾身のギャグをスルーして、彼は言葉を続けた。
「あるアパートでは、昼も夜も騒いでいるんだそうです。しかも、駐車場に100人くらい集まって結婚式をはじめたこともあったそうです。結局困った日本人の住民は引っ越すことになった」
 おれは、疑問を口にした。
「警察は、動かないのか? そんな状態なら、わしが警察官だったらピストルを撃ちまくっているぞ。市民に迷惑をかけるようなやつは、許さんのだ」
「今のところ動きは鈍いようですね。イギリスでも移民や難民の事件では、警察やマスコミの動きは鈍いらしいから、日本も同じ道をたどっているんでしょう。病院でクルド人が100人ほど集まって騒いだときには機動隊まで出動して数人が逮捕されましたが、その後全員が不起訴になって釈放されました」
「なんだと!? 不起訴だと。わしが裁判官だったら全員死刑にしてやるのに。ああ、司法試験に通っていたらなあ。学生運動なんてやめとけばよかった。安田講堂が落ちたとき、おれは」
 せっかく自慢話かつ昔話をしているのに、山田はまたもやスルーした。コミュ力のないやつだ。次のボーナスは、3,000円だな。
「そんな例は山ほどありますよ」とおれをにらみながら彼が言う。心の声が聞こえたのか。山田か山本か山村かはっきりしない程度の男なのに、油断のならないやつだ。
「14歳の少年が商業施設で大音量で音楽を流したりタバコを吸ったりして出禁になった。ところが『外国人を差別するのか』と花火に火を付けて投げ込んだそうです。都合の悪いことは、すべて『差別』にする。どこかの反日の国と同じですね。さらには、日本の司法は、彼らをことごとく不起訴や執行猶予にするんですよ」
「いやいやいや、クルド人も裁判官もキチガイ丸出しじゃないか。おっぱい丸出しは許せるが、キチガイ丸出しはいかん。断然いかん。14歳でそれでは、先が思いやられるな。わしが裁判官なら、フリチンで橋から逆さ吊りにしてやるのになあ。わしが司法試験に合格してさえいたら」
 案の定、今回のセリフも山西は無視し、「そんなことよりこれから行くオリエンの件ですが」と話題を変えた。おれは、無視されたことにガッカリしながら「頭がクルクルクルドジン」の鼻歌は決して歌うまいと心に誓ったのだ。これでも良識ある大人なのである。

 それから一週間ほどして、意外なところでその歌を聞くことになった。クレオパトラ似の妻が、食後のティータイムに鼻歌を歌ったのだ。
「♪ 頭がクルクルクルドジン~。なくて七癖、いつもの寝癖。やっぱり彼らはクルクルパーマ」
「ん、お前。その歌は、どうしたんだ。それはクルド人に対する差別だから、歌ってはいけないんじゃないのか?」
「クルド人?」と彼女は首をひねった。「あら、本当ね。クルド人とも解釈できるんだ。なんかね、ネットで見たんだけど、頭がクルクルパーマの土人のことを歌ってるんだそうよ。今、流行ってるらしいの。ほら、これよ」
 彼女が見せるスマホの画面には、変な踊りらしきものを見せる若い女の姿があった。他にも大勢の人間が同じような投稿をしているようだ。これがチックタックとかいうSNSなんだろうか。あまりの馬鹿馬鹿しさに、おれは日本の未来を憂いた。
「あら!? なんかこの歌声、あなたの声に似てるわね」
 よく聞いてみると、確かにおれの声だ。どうやらあの時の電車内での鼻歌を録音されていたらしい。まったく油断も隙もない。スマホ文化は、必ずや日本を滅ぼすことだろう。
「似ているかもな。だが、お前、そんなことよりもだな」と私はしたり顔で言った。「そもそもクルクルパーマも、本来は使わない方がいいぞ。正しくは、スパイラルパーマだ」
「あら、あなた。よくそんな言葉を知っているわね」と彼女が少し驚いた表情を見せた。「はげてるくせに」




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