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小娘よ、大志を抱かなくてもなんとかなる。
国境のようなバブルという名のトンネルが弾けると、雪国どころか『就職氷河期』であった。
学生時代はローカル深夜番組で寒すぎるコントを披露するほど大好きだったお笑いの世界。思い切って某Y本興業に事務志望で履歴書を提出。面接まで行ったもののご縁はなかった。
100%文系のくせに何を血迷ったか有名スポーツメーカーへ履歴書を提出。もちろん経験値不足で面接止まり。
有名食品メーカーでも面接までこぎつけたが、結局交通費とカップ麺詰め合わせをありがたく頂戴して帰路についた。残念賞みたいなものである。
結局、就職課が斡旋してくれた地元のミュージックショップの面接に足を運んだのだが、
「うちはいじめがあるからね」
と役員が堂々と開き直る社風が信じられずに自ら直接内定を辞退。もちろん就職課や教授にこっぴどく叱られた。こういう場合は直接連絡するのではなく学校を通す、という大人のルールを初めて知った。
4月になっても私はふらふらしたままだった。
週休5日、週末はパチンコ店に通って稼ぐ日々。
顔見知りのおじさんがアイスを買ってくれるようになり、「私の人生このままでいいの?」と目が覚めた。
無駄な行動力と運のなさにしびれを切らした身内がとある事務所を紹介してくれた。スーツ姿の私は面接に挑んだ。いわゆるコネなのと、愛想だけはよかったのですんなり就職。晴れて私は社会人となった。
「身内に恥をかかせてはいけない」というプレッシャーが、適度な緊張感を与えてくれた。難しい業界用語を必死に覚え、社会人1年生のフレッシュさを武器にしつつ、それでも明るく楽しく毎日働いた。
業界のお姉さまたちは私を喜んで歓迎してくれた。
彼女たちは酒が強い。
私もまた、海賊のような親族のDNAのおかげで酒豪と呼ばれていた。
彼女たちの庭・すすきののネオンに私がとけ込むまでに時間はかからなかった。
おしゃれなイタリアン、アジアン、居酒屋、バー、スナック。
脳内すすきのMAPは広がるばかりで、いつしか私は幹事として取り仕切るようになっていた。
夏になれば大通公園はビアガーデンで賑わう。定時退社して席を確保することもまた私の役目だった。
7丁目のKIRINエリアは、あちこちにビールの塔がそびえ立つ。6リットルものビールを自分で注ぐことができる、名物のタワーピッチャーだ。これを周囲に見せ付けながら料理に舌鼓を打ち、笑い、ご機嫌で二次会に流れる週末が大好きだった。
酔った勢いで先輩方の目の前で涙を見せた夜もあった。彼女たちは私の目を見て話を聞いてくれた。経験に基づいたアドバイスもくれた。そしてビールのお代わりと楽しい話で傷ついた心を癒してくれた。まるで自身が小娘だった時代を思い出すかのように。
あれから随分と時が流れた。
あの業界はその後どんどんと傾き、かつての職場のビルさえ今は駐車場になっている。
私は結婚し、大好きだった父を亡くし、夫の転勤で札幌を離れ、今ではパーティー業と講師業をメインに楽しく生きる3児の母だ。
夏休みには帰省し、実家に子どもたちを預けてお姉さま方と7丁目に集合する恒例行事は今も続いている。
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お互い年を重ねたはずなのに、ジョッキを合わせると私たちはたちまちタイムスリップする。私は小娘に戻り、ちょっぴり肝臓が弱くなった先輩方に栄養剤の小瓶を渡す。
「やっぱりえりかは気が利くねえ!」
豪快に喜ぶ先輩の笑い声がくすぐったい。
彼女たちにとっての私は、永遠に妹キャラなのだ。
嫌な上司のセクハラや、業界ならではの苦労話も笑い飛ばしながら酒の肴にしてしまうかっこよさは当時とまったく変わらない。毎回同じ思い出話も飛び出すけれど、私はこの空間が大好きだ。
社会人1年目の私へ伝えたいことはひとつだけ。
その明るさと笑顔とノリがあればなんとかなる!
笑顔はご縁をつないでくれる。
楽しいときもつらいときも、心に寄り添ってくれる人がきっと現れる。
ひとりで頑張らないで、「助けて」って泣いていいんだよ。
たくさん笑ってたくさん泣いた経験が、あなたの心を豊かにしてくれる。
あの頃の先輩方のように、
きっとあなたも誰かの心を支える存在になれるから。
今年もまた、夏が来る。
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