ふちを転がり続ける
10年
10年前に短大を卒業し、新卒で入社したのは養豚場。
その後10年間転職や副業で9社勤務し、現在10社目の面接を受けようとしている。それが社会的にどうなのかと言われれば、あまりよろしくないかもしれないが、私はいつも目の前の真っ暗な行先を頬杖でも突きながらのんびり眺めている。
全ての転職理由はなんだかんだ言って人間関係だった。
転職するごとに、周囲の人間関係は良好になっていったように思う。だが私はそれを維持する術を未だに分からないでいる。恵まれている人間関係にだんだん慣れて大切にしなくなる。不満にばかり目を向け、私に良くしてくれた人、毎日笑わせてくれた人、大切にしてくれた人、叱ってくれた人…そんな人たちとの縁を「ブチッ」とちぎってきた。それを繰り返し続けている。
初めに県で一番大きな養豚場に就職し、これまで学んだことを活かすことができるよう張り切っていたが、学んだことはほぼ活かされず、技術面や体力面よりも人間関係に悩み始めた。
入社早々から上司からパワハラを受け、会社行事で年2回ほど催されている宴会は二次会まで強制参加。中年職員からのセクハラを受けたが、皆自分に絡まれないよう私を生贄にしているんだと思えるほどの塩対応だった。
のちに私に後輩ができた際、私も後輩を生贄にして自分を守ったのは最悪だった。
2年弱勤めた日、私は耐えきれず仕事をバックれた。あらかじめ用意しておいた退職届を会社のポストに入れ、その日の終業後から会社に行くのを辞めた。後にも先にも一番最悪な職場だった。その後2社ほど劣悪な環境の会社に入社したが、あとはどんどん良い環境の会社に巡り合っていった。
同様に4社バックれたのでほとんどまともに退職していないのが恥ずかしい。電話や連絡を無視したり、心配してくれた人にも迷惑をかけた。
一ヶ月前に会社に退社する旨を告げる、という社会常識を守るのが億劫で無理やり辞め続けた。それを職歴の半分近く、というのはまずいと思う。
様々な仕事を経験し、業務もそれぞれそこそここなし、たくさんの人と交流できて良いことがたくさんあった。だが退職を決める時はいつも悪いところしか見えなくなっていて、今になってとても勿体無いことをしたと思う。いつも恨み辛みを思いながら辞めていたのが、年を経るごとに退職したことを後悔するようになっていった。これでも成長だったのだ。私はそんなふうに少しずつしか成長していけないのだろう。
健康だけが取り柄だった体力面も、10年前より自信がなくなってきたし、慢性腰痛持ちになりつつある。体力づくりのために大好きなランニングをしていて足を痛める始末だ。
取り柄を失いつつある今、もう人間関係が嫌になって転職するのは終わりにしないといけない。だから、今年の目標はそこそこ頑張ることにしていた。敢えて長く続けようとしないように。でも、本心ではここを最後の就職先にしたいと思っていた。だがバックれた。今年の転職で、今年の辞職だ。
年齢や安定性を考え正社員になることに拘ってきたが、どうせ長く続けられないものと考え、短期の契約社員やアルバイトで食い繋いで行くことにした。特にやりたいこともないので、早く貯金をして転職どころか、日本中転職しまくってやりたい気分だ。幸いにも、これまで私に向いていないと思った仕事はひとつもなかった。
あとは、どうやって人間と生きていくかだ。どうせそんな生き方も長く続けることはできないのだから。
私の祖父は18歳から定年まで同じ会社を勤め上げ表彰状を貰っていた。
友達のフランス人は5つも年下なのに考え方が大人びていて、仕事に対する考え方も違ってとても驚いた。
外国人と結婚するために大学で英語を学び海外に行った友人、結婚して子宝に恵まれつつ貧しい生活を幸せに生きる友人、中学時代からの夢を叶え、地元のパン屋で働く友人…みんなそれぞれ悩みもあるだろうが、私にはとても素晴らしくキラキラしているように思える。同じように私のような生き方が羨ましいと思われることがある。
職歴が履歴書に収まらなくなるのも時間の問題だが、そんな中で私が語れること、経験したことがあまりないのなら、10年棒に振ったと言えるだろう。それを否定したくて、小さなことも大きく捉え、思い出を美化し、「良い経験をした!」と言い切りたいだけかもしれない。
でも、人生は楽しんだもん勝ちだ。どんなに貧しくとも、職を転々としようとも、私が今日笑えれば、泣いている日よりは幸せだ。年を経るごとに泣く日が減っていくのも幸せなことだ。私は若く生きるのが下手だったのかもしれない。
私が持っている話なんて、道端に転がっていそうなあるある話でも、ポツリポツリ何かの形にして、誰かに何かを与えられる人になりたいと思う。
社会に貢献したいなんて嘘だ。夢もやりたいこともない私はいつだって誰かに必要とされ続けたいし、忘れないで欲しいと思っている寂しがり屋だ。だからこそやれることがきっとある。
私にしかできないようなことを、仕事や人間関係を通してこれからもたくさん経験してやる。そして、明日も大声で笑って過ごそう。
どんなに無様でも、社会的に誇れる生き方じゃなくても。