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忍び寄る

 最近暖かくなってきた。
と言っても、最高気温がようやく0度を超え始めたレベルだが、それを暖かくなってきたと言うのは未だに半分ギャグだと思う。ゴールデンウィークは一回冷え込む。何なら雪も降る。などと毎年脅される。最近暖かくなってきたのを体感温度としてしっかり認識するより、目に見えた気象の変化を身近に感じる。
 暖かくなってきたので肩に付いた雪を手で払えなくなってきて、なんなら傘が欲しいと思うほど湿った雪が降る日が現れ始めた。ダイヤモンドダストが舞う静かな朝が多かったが、最近は屋根の雪が溶けて水が滴る音があちこちで聞こえる。どこまで伸びるのか何気に観察していた隣家の氷柱は、屋根から長さを伸ばしつつ太さも増し一本の柱のようになっていたが、それも気づけばついに溶けてしまっていた。もしかしたら家主が壊してしまったのかもしれないが。

 暖かくなってきたのを体感で敏感に感じている生き物はたくさんいる。
 クマさんはどのタイミングで冬眠から目覚めるのかは分からないが、春になったら巣穴から出て来て山菜などを食べまくる。蛇やカエルちゃんだって冬眠から目を覚ます。モズが鳴いてから75日後に霜が降りるとか、ホトトギスが鳴いたら畑に苗を植える時期など、動物は季節の移り変わりを敏感に感じられるのだろう。
 そんなことを思うとき、私はいつもある情景が思い浮かぶ。木に囲まれた土の上で子鹿が生まれ、立ち上がるという場面。何かで見たことがあるかもしれないが、ほとんどイメージに近い。動物が環境に敏感なのは、ずっと"土の上"で生きているからだろうなあと想像する。ちなみにモズが"百舌鳥"と漢字で表すこと、ホトトギスが"時鳥・杜鵑"など他にも多くの漢字表記がされることを知った。予測変換の良さだと思った。

 そういう動物に対してはなんだかもの思うのに、こと昆虫に関してはどうしてこんなに嫌悪感が湧いてくるのだろう。現在、暖かくなって来て最初に現れ始めた虫は"ワラジムシ"。毎春一体どこから来るのかと思うが、多分どんな隙間からでもやって来れるのだろう。そうはいっても具体的にどのくらいか知りたかったので、ネットで調べてみた。実物の画像は見たくなかったので、うす目で記事をチェックしながら認めた文には「2mm」とあった。でも小さい個体は1mm以下でもいけるだろう。

 綺麗にはしてあるがおそらく古い家だし、床下収納は地面だし、もろに外と繋がっている場所は何箇所もある上、窓が二重なのに隙間風を感じる。奴らは湿った場所や土が好きとあったが、その通りなのかお風呂場の出現率が最も高い。次いで暖房が効いた部屋の床。玄関周りではまだ2匹しか見かけていない。ちなみに今日暖房が効いた部屋の中にいたのは合計で7匹くらいだ。もう嫌だ。
 お風呂場に現れた奴らに対してはいつもシャワーで流している。必死に床面にしがみつく奴らを何とかシャワーで引っぺ剥がして、あ〜れ〜といった様子で流されていくのを真顔で見下ろす。たまに排水溝にはまって流れていかないものもいるが、そこは水量で押し流す。それをほぼ毎日やっているので春は水道代が増えると思う。

 以前は部屋を歩き回る奴らのことはシカトしていた。床に寝転がっている時、こちらに向かってくるもの、近くを歩くものはフッ!!と息を吹きかけてあっちへ行かせた。しかしあっちは寝室だったりする。
 今年はなぜか殺し回っている。以前もスリッパでいつの間にか踏んでいたこともあったが、意図的に狙いを定めて死ぬまで叩いているのは今年が初めてだ。しかしそれを処理するのも本当に嫌で、夕方まで放置していた。明日は友人が家に来るので帰宅後に掃除機をかけようと予定を立てていたが、ちょっと休憩〜と床でゴロリとしていたところあっという間に暗くなった。そんな時視界に大きなやつが歩いているのが見え、その脇には朝しとめたやつが転がっていて、地獄絵図に耐えきれず急いで部屋中掃除機をかけて回った。その際もう1匹いたので吸い込んだ。

 そうして綺麗になった部屋で、YouTubeを見ていると、また視界の隅で動くものが。今度はカーペットの上におり、叩くと仕留めた時にくっついてしまいそうなのが嫌だったので、カメムシのようにとりあえずガムテープを貼り付けることにした。しかし今度はそれを剥がして捨てる際に見える奴らの"裏面"を想像したくなかったのでそのままにしている。しばらくすると、かなり近いところを歩いてくるやつを見かけ、すかさずガムテープを貼り付けた。もう嫌だ。このまま剥がされることのない、真ん中が不自然に膨れたガムテープがカーペット上に増え続けるのだろうか。

 奴らを嫌悪するようになったのはいつからだったかあまり覚えていないが記憶を遡ってみる。少なくとも高校生の時には嫌がっていた。
 やつらはパッと見ダンゴムシと違いがない。やつらとダンゴムシの違いを知ったのは小学生の頃だと思われる。当時私は公園にいた黒くて大きな蟻やてんとう虫を手に這わせて遊んだりしていたので、もちろんダンゴムシも丸めて遊んでいた。丸くなって、また元に戻って逃げ出すダンゴムシをまた丸めて…と繰り返し遊んでいた。だが、ある時丸まらないダンゴムシがいたのだ。それがワラジムシだった。しかも奴らは歩くのがダンゴムシより早く、よく見るとフォルムも楕円形というよりはアーモンド型に近かった。その違いの全てが気持ち悪く感じ、そしてダンゴムシは可愛いのにという枕詞をつけるようになった。それ以後、誤って丸まらないダンゴムシを触ってしまうのが恐ろしく、ダンゴムシで遊ぶことは減っていっただろう。

ちなみに私はやつのことをよく"ゾウリムシ"と言ってしまう。それは極小の生き物なのだが、ワラジも草履も似たような履き物の名前なので、いまだによく間違える。何なら最初に入力した"ワラジムシ"の部分は3回目の自主校正で気がついて直したものだ。

 丸みを帯びた形でゆっくり歩くダンゴムシはなぜか可愛く見えた。逆に言えば、動きが遅く防御に全振りした弱い昆虫なので安心して遊べたということかもしれない。思えば私が遊んだ昆虫はみんな怖くなかった。噛まれたりびっくりさせられたことはなかったのだ。

 明日友人が来るので、カーペットのガムテープはその時に剥がしてもらおう。虫も雪も苦手なので、北海道の田舎はやはり向いていないのかもしれない。夏はカメムシが大量発生する家はザラだとよく脅されるが、幸いにも私の住む家にはあまり現れなかった。みんなガムテープで餃子のように包んで窒息死させているそうだ。また、北海道でよく見る大きくなる蜘蛛もよく見た。やつらは夜行性で、昼間は建物の隅などで身を守り、夜間にはいつの間にかものすごい勢いで大きくて頑丈な蜘蛛の巣を貼る。朝、蜘蛛の巣を除去し、夜また作り直される。そんな不毛な戦いを夏中繰り返すことになる。時々ゲジゲジが部屋の中を歩いている時はびっくりした。その時は動きを止め、あっち行けの息を吹きかけた。「ゲジゲジは益虫」と心の中で唱え続けた。歩く姿は本当に不気味だった。さっきから足が多い虫の紹介ばかりしている。ちなみに夏場は外にアブやブヨがいて私の足を30箇所以上刺し、パンパンに腫らされたことがある。北海道に自生しているハッカがよ効くそうだが、長持ちしないので何度も塗り直す必要があるとのこと。お土産屋さんなどによくハッカスプレーも販売しているがお値段が良い。


 ただ「部屋にダンゴムシじゃない虫が出た」という話だけでよく3000字近く文字を並べられるものだなぁと驚いた。文章としては読書が足りないのがよくわかる稚拙な文だが、今日は何だか気分がいいのであまり脱線せず嫌いな虫の話に集中することができた。好きで嫌いな虫に集中しているわけではないが。

 ちなみに奴らは人間に害をなすことはない、住処を求めて彷徨う哀れな虫なので、殺す必要は一切無い。土に撒けば土壌環境を整えるのに一役買ってくれるかもしれない。だが私は、誤って素足で踏んだり、近付かれるのを防ぐために暴力で応じている。奴らがダンゴムシだったら私はもっと寛容な態度をとっていただろう。

 明日ガムテープを剥がした時に、やつがいない、なんてことだけはないようにと祈りながら眠ることにします。

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