卒業して気付いたこと
3月の終わりに大学院を卒業させていただいた。2年という短い期間とはいえ、なかなかどうして、情も湧くというものだと実感した。
学位記授与のあの日、鼻つまみ者の唾棄すべき塵芥が如き私と付き合いをもってもらった友人に挨拶をばさせてもらおうと自習室へと足を運んだ。
部屋に入るといつもの自習室に巣食う者がいつも通りにいた。見慣れた風景だ。いつも通りに会話と拳を交わし、興にのって麻雀牌をつまみ、ひねり、握り…あゝ、素晴らしきかな学生身分よ。手放すには惜しい。誠に惜しい。浅ましきに身を浸し、昏きを好む。自由奔放、悠々自適。いい話だ。
自習室で名残と時間を潰して、そしてそれから頃合いを見て学位記授与式へと洒落込んだ。我が2年を費やした学位記をかすめとり、とっととトンズラをば、という目論みだ。というのは嘘で、ちゃんとお椅子に腰掛けありがたい御高説をいただいた。
「皆さま、卒業おめでとうございます。B館の貯水タンクに髪の毛が詰まっておりましたが、これから社会に出ていく者も進学される方もいるでしょう。昨日確認時点では問題が無かったのですが意図して行われた行為ではないようです。改めて皆様、卒業おめでとうございます」
感動して涙が出てきた。私の集大成にはもったいないお言葉だった。熱い目頭を抑え、自習室に戻る廊下を歩く。友人らは口々に「いい式だった」と言っていた。
それから自習室に帰り、友と談笑をしていると、「チコッ」という鳴き声のようなものが聞こえた。私は眉をひそめ周囲を見回したが発生源がよくわからなかった。そのときは気のせいだろうと思ってまた談笑に戻った。またしばらくすると、「チコッ」と鳴き声が聞こえた。
やっぱりおかしい、と当惑した。それから友人らに
「なんか、変な鳴き声が聞こえないか?」
とたずねた。そのうちの一人の背の高い男が
「チコッ」
と相槌のように返した。なんだ、お前だったのか。となにやら少しホッとした。
「お前、何だそれ?新しい芸か?」
と私が笑って言うと、友人らは眉をひそめた。
「おい、この先輩変なこと言い出したぞ」
「チコッ」
「やっぱそうだよね、この先輩変なとこあるもんな」
「チコッ、チコッ」
そこで私以外のみんなが笑い声を上げた。それからも鳴いていた男はずっと「チコッ」とだけで会話を返した。それでいて何故か会話のキャッチボールが続いていた。
私には訳がわからなかった。何故急にこんな会話をするようになったのか、何故それでいて…私の思考が一瞬、意味のわからない結論に達し、恐怖を感じた。そしてそれから、私はこの場から逃げるように
「そろそろ帰るわ、いままでありがとね」
とみんなに伝えた。
「またどっかで会いましょう」
「チコッ」
「さよなら〜」
「コカカカカ」
私はこの二年間、本当に日本語で生きてきたのだろうか?それがわからない。ただ、チコッという鳴き声とコカカカカという声には郷愁の念を強く感じた。