怪談「とうちこさん」
本稿は統治行為論Advent Calender2023 12月12日の奇行、寄稿文です。
「『とうちこさん』って知ってるか?」
A君はB君の返答を待たずに話し始めました。
「『とうちこさん』ってのは言わばコックリさんの亜種だよ。フォーマットが全く違うんだけど方向性が同じなんだ。とうちこさんに悩みを打ち明けるとアドバイスをくれるって話だ。
手順は簡単。まずはSNSのXのアカウントを用意する。普段から活用しているアカウントの方が成功率が高いらしい。
次にそのアカウントで"ちこ"という語尾をつけて相談したい悩みをpostする。助けてほしいちこってな感じでな。
そして部屋の電気を消して『とうちこさん、とうちこさん、お助けください』とつぶやく。そうすると自分のアカウントに身に覚えのないpostがされる。その内容がとうちこさんのアドバイスってわけ。
最後にXで『ありがとちこ〜感謝ちこ』ってpostして完了。」
B君はA君の説明に半信半疑でした。
「やり方はいいとして、何でそんなことをするのさ」
「暇なんだよ。退屈すぎるんだ。いいかい。窮すれば通ずなどというがこれは真に生きた人間の言葉でない。中国の偉人と呼ばれ持て囃される集団は残らず愚かだから本質がわかってない。窮すれば鈍するのだ。淀み縛られ腐臭漂う真っ只中に陥ってこそが窮したというのに。」
B君は失笑を禁じ得ませんでした。
「Aの奴には兵馬俑の一石像の兵ほどの価値もないくせに、無知と傲慢は無敵だな。救えないよ」とB君は思いました。
「いいよ、やろう」
哀れな友人のためにB君は一肌脱ぐのでした。
A君の自室で二人は『とうちこさん』の準備を始めました。
「一番槍を頼むよ、B」
臆病で無知で傲慢で責任感のないA君は、自身が言い出したくせにB君を実験台として捧げました。
B君は自身のアカウントで
『運動不足なのでスポーツを始めたいちこ。オススメを教えて欲しいちこ。』
とpostしました。
「電気を消してくれ」
A君が部屋の電気を消し、そしてそれからB君は自分のスマホを握りながら手順通りの文言をつぶやきました。
「とうちこさん、とうちこさん、お助けください」
B君はすぐさま自分のスマホでXを閲覧すると、自身のアカウントに最新のpostが更新されていました。
それはラグビーボールの絵文字が一個だけのpostでした。
「やっぱりとうちこさんはいるんだ!」
A君はB君のスマホを覗きながら興奮して言いました。
B君は起こった現象に恐れながらも努めて冷静に最後の手順の感謝のpostをしました。
「…じゃあ次は君の番じゃないの」
「そうだな」
A君はビビりながらも自身のアカウントでpostをしました。
『退屈を晴らしてほしいちこ』
そしてすぐさま「とうちこさん、とうちこさん、お助けください」とつぶやき、それから震えながらおそるおそる自分のアカウントを確認しました。
『9784320016583』
彼のアカウントに身に覚えのない数字羅列がpostされていました。
「なんだいこれは」
B君が自分のスマホでA君のpostを確認しました。
「これは松村の可換環論の本のISBNだね。しかも復刊の方だ」
「ええ…」
A君はB君がこの数列がISBNであることを見抜いた上で、さらにこれがどの本であるかを即答したことに気色わるさを感じましたが、あえてそれを口にはしませんでした。
「この本が俺の人生を豊かにしてくれるのだろうか?」
「わからないが、チャンスと捉えなよ。僕はとりあえずラグビーを始めるよ」
とうちこさんを呼んでから数年。
B君は類稀な身長と強靭なフィジカルを獲得し、常日頃からラグビーが心から離れることがないほどにのめり込んでいました。
A君は大学院に進み、数学の勉強をしていました。
ある日、A君は修士論文が遅々として進まず悩んでいました。
気晴らしにでもなればと、A君はB君に相談をしに行きました。
B君の家に行くと、彼は内心面倒に思いながらもA君を家にあげ、雑談に興じました。
そしてそれから、A君の本題、相談に入りました。
「修論が全然進まなくて大変なんだよ」
B君からすれば、研究内容も知らないわけですからまともにできるアドバイスは「家に帰って机に座って作業しなよ」ぐらいしかないのですが、それをA君に伝えるのは酷だと思いました。
「またやればいいじゃないか、『とうちこさん』を。きっかけをくれたんだから助けてくれるんじゃないの?」
B君はA君を早くあしらいたいために適当にアドバイスをしました。
そうにも関わらず、A君は天啓を得たかのように晴れやかな顔をして、さっさと荷物をまとめて帰って行きました。
それからすぐに、A君の訃報が流れました。
B君の元にそれが届くと、嫌な予感がしてA君のXアカウントを確認しました。
『後輩は殴る』
これがA君の最後のpostでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?