量子計算学習ノート - 量子力学の公理7
この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。
特殊な量子測定である射影測定を見てきた。ここではより広い範囲の量子測定をカバーするPOVM測定について説明する。POVM測定は一般の量子測定の特殊なものではあるが、一般的な量子測定は何らかのPOVM測定に紐づくという意味でかなり広い範囲の量子測定をカバーしているといえるだろう。
なお、直前にも述べたがPOVMによる測定は射影測定を含んでいる。実際測定オペレータとPOVM要素が一致するとき、測定オペレータは射影オペレータとなり、構成された量子測定は射影測定になる。
射影測定は言ってしまえば、エルミートオペレータをスペクトル分解するCONSを根源事象とする測定だ。従来の測定はこの射影測定しかなかった。量子計算においては測定の方法がPOVMや一般的な量子測定まで拡張される。射影測定に収まらないPOVMや一般的な量子測定にはどのようなうまみがあるだろうか。
具体的にはこれから示すPOVMによる測定が例になる。Aliceは$${|\psi_1\rang = |0\rang, |\psi_2\rang = (|0\rang + |1\rang)/\sqrt{2} = |+ \rang}$$のどちらかを選択しBobに送る。これらのベクトルは非直交なので、識別可能な量子測定は存在しない。しかしあるPOVMによる測定を行うと、Bobは決して間違いを犯すことなく状態の識別試行を行うことができる。ここで、「状態を識別できる」とは言っていない点がポイントだ。次のようなPOVMを考える。
$$
\begin{array}{l}
E_1 \equiv \frac{\sqrt{2}}{1+\sqrt{2}} |1\rang\lang 1|\\
E_2 \equiv \frac{\sqrt{2}}{1+\sqrt{2}} |-\rang\lang -|\\
E_3 \equiv I-E_1-E_2
\end{array}
$$
$${E_1, E_2 \ge 0, \sum_m E_m = I}$$なのは明らかなので、$${E_3 \ge 0}$$であることだけ示しておこう。
$$
\begin{array}{l}
\lang \psi |E_3 |\psi \rang\\
= 1 - \frac{\sqrt{2}}{1+\sqrt{2}}(|\lang \psi|1\rang|^2 + |\lang \psi|-\rang|^2) \\
= \frac{\sqrt{2}}{1+\sqrt{2}}\cdot\frac{1+\sqrt{2}-|\lang \psi|1\rang|^2 - |\lang \psi|-\rang|^2}{\sqrt{2}} \\
= \frac{(1-|\lang \psi|1\rang|^2) + (\sqrt{2} - |\lang \psi|-\rang|^2)}{1+\sqrt{2}}\\
>0
\end{array}
$$
よって、$${\{E_m\}}$$はPOVMである。
仮に状態$${|\psi_1\rang = |0\rang}$$がBobに与えられたとする。このときPOVMを適切にとったので$${p(1)=0}$$であることがわかる。したがってもし得られた測定値が$${1}$$であれば、背理法により元々の状態は$${|\psi_2\rang = |-\rang}$$であると結論付けられる。一方で$${|\psi_2\rang = |-\rang}$$がBobに与えられたとする。同様に$${p(2)=0}$$であるから、得られた測定値が$${2}$$であれば、背理法により元々の状態は$${|\psi_1\rang = |0\rang}$$であると結論付けられる。残念ながら$${3}$$が測定値としてBobに与えられたときは状態を特定するための情報は一切得られないことになる。
重要なことは、このPOVMを利用すれば状態の識別推定を決して誤らないことだ。この測定によって、状態の識別推定に一切の情報が得られない可能性という代償を支払いつつも、Bobはある確率で目的は達成でき、他方の確率でBobは間違った推定を行うことを回避できるのである。
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