量子計算学習ノート - 密度オペレータ4
この記事は「量子コンピュータと量子通信 (オーム社)」の読書ノートです。
密度オペレータの定義から始まる量子力学の公理が定義され、足元が整った。ここでは密度オペレータと量子状態のアンサンブル表現に立ち返って、同一の密度オペレータを定義するアンサンブルは実は複数あることを示す。
密度オペレータは前回示した通り$${{\rm tr} \rho =1}$$でかつ、正のオペレータである。このためスペクトル分解によって
$$
\rho = \sum_i \lambda_i |e_i \rang \lang e_i |
$$
と書けるため、スペクトル分解が示す量子状態のアンサンブル$${\{(\lambda_i, |e_i\rang)\}}$$に特別な意味があると考えてしまうかもしれない。が、実際にはこの表現はある一つの量子状態のアンサンブルを表しているに過ぎず、実際には複数のアンサンブルが存在する可能性がある。
具体的な例を見てみよう。今、次のようなスペクトル分解を持つ密度オペレータ$${\rho}$$を考える。
$$
\rho = \frac{3}{4} |0\rang\lang 0 | + \frac{1}{4} |1\rang\lang 1 |
$$
ここでの問いは、$${\rho = \sum_i p_i |\psi_i \rang \lang \psi_i|}$$と表現される量子状態アンサンブル$${\{(p_i, |\psi_i\rang)\}}$$以外にも量子状態アンサンブルが存在するかどうかだ。そしてそのようなアンサンブルは存在する可能性がある。具体的に次のような状態ベクトル$${|a\rang, |b\rang}$$を考える。
$$
|a\rang = \sqrt{\frac{3}{4}} |0\rang + \sqrt{\frac{1}{4}} |1\rang, \ |b\rang = \sqrt{\frac{3}{4}} |0\rang - \sqrt{\frac{1}{4}} |1\rang
$$
このようにすると、$${\rho}$$は
$$
\rho = \frac{1}{2} |a\rang\lang a | + \frac{1}{2} |b\rang\lang b | = \frac{3}{4} |0\rang\lang 0 | + \frac{1}{4} |1\rang\lang 1 |
$$
と表現でき、複数の状態ベクトルのアンサンブルを持つことがわかる。したがって、密度オペレータのスペクトル分解は、密度オペレータを定義できる複数の状態ベクトルアンサンブルの一つの例を表しているに過ぎない。
では次に疑問となるのが、ある密度オペレータが与えられたときにどのような状態ベクトルのアンサンブルがその密度オペレータを定義するか、というアンサンブルの集合についてである。この疑問に答えるために次の定理を証明する。
あるユニタリ行列$${(u_{ij})}$$を用いて$${|\tilde{\psi_i}\rang = \sum_{j=1}^n u_{ij} |\tilde{\varphi_j}\rang}$$が成立するとしよう。このとき
$$
\begin{array}{l}
\sum_i |\tilde{\psi_i}\rang \lang \tilde{\psi_i}|\\
= \sum_{ijk} u_{ij} u_{ik}^* |\tilde{\varphi_j}\rang \lang \tilde{\varphi_k} |\\
= \sum_{jk} (\sum_i u_{ij} u_{ik}^*) |\tilde{\varphi_j}\rang \lang \tilde{\varphi_k} |\\
= \sum_{jk} \delta_{jk}|\tilde{\varphi_j}\rang \lang \tilde{\varphi_k} | \\= \sum_{j} |\tilde{\varphi_j}\rang \lang \tilde{\varphi_j} |
\end{array}
$$
が成り立つ。
逆に$${\rho = \sum_{i=1}^{n} |\tilde{\psi_i}\rang \lang \tilde{\psi_i}| = \sum_{j=1}^{n} |\tilde{\varphi_j}\rang \lang \tilde{\varphi_j}|}$$が成立していると仮定しよう (ただし、$${|\tilde{\varphi_j}\rang = {\bold 0} \ (j > m)}$$)。今$${\rho}$$のスペクトル分解を$${\sum_{k=1}^{r} \lambda_k |e_k \rang \lang e_k |}$$とする。ただしこの分解においては$${\lambda_k \gt 0}$$とし、$${\{|e_k \rang\}_{k=1}^{r}}$$はCONSとは限らず、正規直行系とする。この正規直行系$${{|e_k \rang}_{k=1}^{r}}$$を用いて、ベクトル$${|\tilde{e_k}\rang \equiv \sqrt{\lambda_k}|e_k\rang}$$を定義する。$${{\rm span} \{|\tilde{e_k}\rang\}_{k=1}^{r}}$$の直交補空間の元を$${|\psi\rang}$$とすると、$${\lang \psi | \tilde{e_k}\rang \lang \tilde{e_k}|\psi \rang = 0}$$である。以上のことから
$$
0 = \lang \psi | \rho |\psi \rang = \sum_{i=1}^{n} |\lang \psi | \tilde{\psi_i}\rang|^2
$$
である。つまり、$${|\tilde{\psi_i}\rang}$$はすべての$${i \in \{1, \cdots, n\}}$$において$${ |\tilde{\psi_i}\rang \in {\rm span}\{|\tilde{e_k}\rang\}_{k=1}^{r}}$$がわかる。この結果、各$${i\in \{1, \cdots, n\}}$$において$${|\tilde{\psi_i}\rang = \sum_{k=1}^{r} c_{ik}|\tilde{e_k}\rang}$$と表現される。$${|\tilde{e_k}\rang}$$の定義と最初の仮定により$${\rho = \sum_{k=1}^{r} |\tilde{e_k}\rang \lang \tilde{e_k}| = \sum_{i=1}^{n} |\tilde{\psi_i}\rang \lang \tilde{\psi_i}|}$$なので、これを整理すると
$$
\rho = \sum_{k=1}^{r} |\tilde{e_k}\rang \lang \tilde{e_k}| = \sum_{kl} \left(\sum_{i=1}^{n} c_{ik} c^*_{il}\right) |\tilde{e_k} \rang \lang\tilde{e_l}|
$$
となる。ヒルベルト・シュミット内積によって$${\{|\tilde{e_k}\rang \lang \tilde{e_l}|\}}$$は直行系を構成するため、線形独立だ。したがって、$${\sum_{i=1}^{n} c_{ik} c^*_{il} = \delta_{kl}}$$でなくてはならない。この$${n \times r}$$行列$${c \equiv (c_{ij})}$$が$${n}$$次ユニタリ行列になるように列を追加した行列を$${v = (v_{ij})}$$と置くことにする。なお、ユニタリ$${v}$$を作るには$${r \le n}$$である必要があるが、これは
$$
r = \dim \left({\rm ran }\biggl(\sum_{k=1}^r |\tilde{e_k}\rang\lang\tilde{e_k}|\biggr)\right) = \dim ({\rm ran (\rho)}) = \dim \left({\rm ran }\biggl(\sum_{i=1}^n |\tilde{\psi_i}\rang\lang\tilde{\psi_i}|\biggr)\right) \le n
$$
であることによる。
さらに$${\{|\tilde{f_k}\rang\}_{k=1}^n}$$を$${k \in \{1,\cdots, r\}}$$のとき$${|\tilde{f_k}\rang \equiv |\tilde{e_k}\rang}$$、$${k \in \{r+1,\cdots, n\}}$$のとき$${|\tilde{f_k}\rang \equiv {\bold 0}}$$と定義すると、$${|\tilde{\psi_i}\rang = \sum_{k=1}^{n} v_{ik} |\tilde{f_k}\rang}$$と表現することができる。同様の議論を繰り返すと$${n}$$次ユニタリ行列$${w \equiv (w_{ij})}$$を用いて、$${|\tilde{\varphi_i}\rang = \sum_{k=1}^{n} w_{ik} |\tilde{f_k}\rang}$$と表現される。この二つの事実と$${\sum_j w^*_{jk} |\tilde{\varphi_{j}}\rang = |\tilde{f_{k}}\rang}$$であることを組み合わせると
$$
|\tilde{\psi_i}\rang = \sum_{k} v_{ik} |\tilde{f_{k}}\rang = \sum_{j} \left(\sum_{k} v_{ik} w_{jk}^*\right) |\tilde{\varphi_j} \rang \equiv \sum_j u_{ij} | \tilde{\varphi_j} \rang
$$
が得られる。ここで$${u \equiv (u_{ij})}$$は$${u \equiv vw^*}$$で定義される$${n}$$次ユニタリ行列。
ここまでがわかると、ある密度オペレータ$${\rho}$$が与えられて、状態のアンサンブル、簡単にはスペクトル分解する固有値と固有ベクトルのアンサンブル$${\sum_i \lambda_i |e_i \rang \lang e_i |}$$を考える。これを次のように変形する。
$$
\rho = \sum_{i=1}^r (\sqrt{\lambda_i} |e_i\rang)(\lang e_i | \sqrt{\lambda_i}) \equiv \sum_{i=1}^r |\tilde{e_i}\rang \lang \tilde{e_i}|
$$
このように変形したら$${n \ge r}$$なる$${n}$$次ユニタリ行列$${u \equiv (u_{ij})}$$を使って、$${|\tilde{\psi_i} \rang \equiv \sum_{j=1}^n u_{ij}|\tilde{e_j}\rang}$$を構成する。するとこの記事で証明したことから
$$
\rho = \sum_{i=1}^r |\tilde{e_i}\rang \lang \tilde{e_i}| = \sum_{i=1}^n |\tilde{\psi_i}\rang \lang \tilde{\psi_i}|
$$
が成り立ち、したがって$${|\psi_i\rang \equiv |\tilde{\psi_i}\rang/|| |\tilde{\psi_i} \rang ||}$$と置けば
$$
\rho = \sum_{i=1}^r \lambda_i |e_i\rang \lang e_i| = \sum_{i=1}^n |||\tilde{\psi_i}\rang||^2 \cdot |\psi_i\rang \lang \psi_i|
$$
という、$${\rho}$$の異なる状態ベクトルアンサンブルが導かれる。
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