介護をしないという選択
ケアという言葉
介護や福祉の現場(家庭内も含む)で良く飛び交う言葉のひとつ。
最近では、〇〇ケアラーなどの言葉もよく聞かれるようになった。
自分も業界に身を置きながら思うのは、このケアというのは、力を注げば注ぐほど【ケアする側】が疲弊していくということ。
【ケアされる側】も身体的リスクをともなっていることを考えれば、辛い思いをしているのは間違いない。人によっては、ケアしてもらわざるおえない状況に悩んでいる人もいるでしょう。
介護というものは基本的に月日が経つにつれ状況が悪くなっていきます。
加齢であったり、病の進行、必然的にできないことが増える。そうこうするうち、ケアする側も老いていく。
しかも、いつ終わりが来るかもわかりません。
介護と〇〇の両立というネット記事も増えましたが、自分としては、家庭での実体験も含め両立などありえないと思っています。
あらゆることに制約がつくのですから、それまで考えていた未来予想図は失われる可能性が極めて高い。
扶養義務というものもあり、家族であれば情もあるでしょう。
ただ、一度介護に介入すると抜け出すことが難しくなります。ケアに関わるプロも、身内の介護力を踏まえた対応をとっていきますし、やり始めてから手を引こうとすると介護放棄とも取られかねません。
ケアする側となる可能性が出てきた時、ほんの少しでも抵抗感や疑問を感じるのなら、自分には介護をする余裕がないことを伝えていくべきだと思います。
冷たい人間のように思われるかもしれませんが、そのようなことを呟く人ほど、なにも助けてはくれません。
業界人の自分も、誰しも自分の人生を歩む権利があると考えていているので、冷たい人間だなどとは思いません。
前向きな体験談もあるとは思いますが、人生を大きく左右することに変わりはありません。
自分の家庭があれば、家族も確実にその影響を受けてしまいます。
タイトルにも書いたように、様々なリスクを踏まえ
【介護をしない】という選択もあってよいのではないかと自分は思います。