春風とともに
推しを推していてどんなときに心が満たされますか?
まあ好きなので、元気そうな姿が見られればそれだけで嬉しいです。生きているだけで大優勝。いつもありがとうございます。
推しは将棋の棋士なので、中でも素晴らしい将棋を指されたときは心が満たされる。
名人戦第一局はそういう将棋だった。
何が「素晴らしい将棋」なのかは説明が難しい。言語化できる棋力がほしい。
第1局は豊島九段が4手目に△9四歩と突く趣向を見せ、力戦型の将棋が見られそうな雰囲気に控室でも歓声が上がったようだ(棋譜コメントより)。力戦型とは既存の型(いわゆる定跡)に嵌まらない、互いの読みの力と構想力が強く問われる将棋だ。藤井聡太と豊島将之の力比べともなればそりゃ歓声も上げる。戦型は力戦型の横歩取り。横歩取りは飛車をはじめとした大駒が飛び交う激しい戦いになりやすい一方で、玉型が薄いため一手のミスが命取りにもなる。見ている方は派手で楽しいが、指している方は神経を使うだろう。藤井名人の21手目▲4八金で早くも前例を離れ、以降は両対局者共にこまめに時間を使いながら未知の世界を慎重に指し進めていく。AIの評価はずっと互角で推移していたが、控室の棋士の見解は「後手が歩を損しているので先手を持ちたい」とのことだった。歩損している分をどこで後手は補っているのだろう?と思っていたが、局後の両対局者のコメントによると先手陣の形が悪いと感じていたようなのでそのあたりだろう。
2日目。封じ手後はこの後の戦いに備えるようにジリジリとした駒組みが続いていたが、昼過ぎに豊島九段が角を放ち局面は急激に動き始めた。YouTubeの配信で解説をしていた中村太地八段が、金銀を押し上げて圧迫する藤井陣に対して低い陣形で堅める豊島陣と「思想の違いが出ている」というような話をしていた。攻め将棋の豊島九段が攻勢を取り、それを正確に受ける藤井名人と、お互いの持ち味がよく出た中盤戦に思った。
(藤井名人の終盤の攻めの鋭さは言わずもがなだが、個人的には受けの正確さも印象が強い。総合的にすごいという話)
夕食休憩が終わる頃も互角の勝負は続いていた。多少後手が指しやすそうな雰囲気は出てきたもの形勢は依然不明。前日の朝9時から始まり、翌日の日が落ちる頃まで蜘蛛の糸の上を渡るようなバランスで両者が組み合っている。精神力、集中力が張り詰めた世界を垣間見ているようで感極まる。なんてすごい勝負なんだ。
次第に時間も切迫し、徐々に後手の豊島九段がリードしていく。ただ、先手を持っているのは藤井名人なのだ。劣勢の藤井名人が放った勝負手から逆転してきた対局はこれまで何度も見てきた。粘り強く受けるところは受け、ここぞというときに攻め合いに勝負をかける。本局で言うと107手目の▲2四桂だ。後手に5九に飛車を打ち込まれた場面で、Abemaで解説していた佐藤康光九段が「5八銀を打って受けるのは先がなさすぎる、指さないでしょうね」と言っていたところだった。先程とは打って変わって今度は藤井名人が攻める番となったが、豊島九段も一手一手着実に受けていく。待望の△2六桂を放ったあとは落ち着いているように見えた。細身で決して大きな体格ではないのだが、この終盤に背筋を伸ばし、静かに盤面を見ている姿が妙に雰囲気がある。美しい姿勢が逆に強さを感じるのだ。これは局面にある程度に手応えを持っており、先の見通しもありそうだ、と思ったのだが将棋は怖い。△4四香が指されたとき、否応がにも昨年の王座戦第4局が思い出された。勝つということはとてつもなく難しく、将棋とは恐ろしいゲームである。
一手でこの将棋の未来は大きく変わってしまったが、ここまで豊島九段と藤井名人が精根尽くして積み重ねてきた将棋に深い感動を覚え、非常に心が満たされたのは事実だ。それだけは記憶しておきたいと思い、このnoteを書いた次第である。
あの局面で△4八竜としていれば後手勝ちだったのか?というと、感想戦を見る限りはまだ難しそうに思えた(強い人が見ればすぐ分かるのかもしれないが…)。
名人戦に向けて豊島九段へのインタビューが各媒体でいくつか出ていた。その中で特に好きだったところがあった。
「(藤井名人は強敵だが)気持ちで負けていたらしょうがないので」
名人戦はまだ始まったばかりだ。私も強い気持ちで次の対局も応援したいと思う。
いつも私の生活を彩ってくれてありがとうございます。
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