「あるごめとりい」の闇病み子という人物
youtubeチャンネル「あるごめとりい」をご存じだろうか。
チャンネル情報によると
とある。現在公開されている動画のうち、初期には都市伝説、ダークウェブものが多く、現在は実際に起きた事件を扱った動画が多い。
赤いシャツを着たけんちゃんが事件の概要、それから得られる教訓や、事件から学べるキーワード(めとらーKW)の解説をおこない、紫のボブカットに水色の服を着た闇病み子が感想を述べる、いわば聞き手役を担っている。
私はこの、闇病み子という人物が担っているその聞き手としての役割を見て大変驚いた。
調べてみると2人は元TBS社員で、病み子は東大卒、けんちゃんは早稲田卒だと知る。
学歴至上主義ではないが、この衝撃は偶然ではなく、少なくとも計算されたものだという根拠になったのは事実だ。
1.聞き手という参与者の存在
木場安莉沙(2017)の論文を読むと、Goffman(1981)を引用し、「トークの聞き手は容認された参与者(ratified participant)とそうでない参与者(unaddressed recipient)を区別することができ」「話し手は多くの聞き手を前にして話しているときに、公的な聞き手の中でも特定の一人を意識して発言することによって、宛て手(addressed recipient)を区別することができる」という。さらにGoffmanは「ラジオやテレビのトークの場合は想像上の(imagined)聞き手が想定されるためその場に視聴者が存在するトークとは異なると述べている」という。
ここでいうラジオやテレビの想像上の聞き手を担うのが、スタジオにいる観覧客であり、話者以外のキャストということになるだろう。
言うまでもなく、闇病み子が担っているのが、聞き手であり、容認された参与者となる。
私は専門家ではないので、聞き手が存在することで得られる具体的な効果について述べられるわけではない。しかし、例えると一人でテレビを見るときは笑わないが、友人と見ると笑ってしまうあの現象が起きるのではないかと思う。
あるごめとりいの動画を見て、たとえば残虐非道の殺人犯が出た時、病み子が嫌な顔をして「なんてひどい奴なの」といえば、視聴者も同調する。聞き手がいないけんちゃんの語りより、共感度が上がるように思う。
2.闇病み子のジェンダー
この記事はいかなるセクシュアルやジェンダーも侮辱する意図はありません。
闇病み子は初期の動画では男性「さいとー」として登場している。(サムネイルは闇病み子仕様)
こちらが病み子さん初登場。
はっきりと性別上は男性である、キャラ設定をしていると字幕に書かれている。
またこちらの動画では「私達女の子」
と発言しており、病み子の性自認は女性であると思われる。
木場(2017)は「本人のアイデンティティが男性であり、男性を性愛の対象とする人」や「本人のアイデンティティが女性であり、男性を性愛の対象とする人」など個々によって性的アイデンティティは異なるはずだが、そうした差異が平面化され、混同されていると述べている。
「オカマ」や「おネエ」といわれる人、または自称する人たちもそれを混同している例をしばしば見受ける。
イケメンが好きな病み子さん。
病み子は先程の定義だと後者に近い。もちろんこの二通りだけでなく、さまざまなセクシュアリティやジェンダーが存在するのだが。
3.闇病み子という聞き手
ここまで「まとめサイト」のようなことをおこなってきたが、なにも病み子のプライベートな部分に迫りたいわけではない。
あくまでキャラクターとしての闇病み子は、誇張された女性語(いわゆるおネエ言葉)を話す、イケメンが好きな性自認が女性という人物であるということが重要なのだ。
クレア・マリィ(2015)いわく、おネエキャラことばは「相手を楽しくけなしていく」言葉なのだという。
2すとりーとという新宿二丁目勤務経験のあるゲイ2人組のyouuberによると、おネエ言葉は二丁目でうつったらしい。
性自認うんぬんとはあまり関係のない、いわば方言のような記号なのだと私は解釈する。
そのおネエことば(おネエキャラことば)を使う闇病み子はその軽快さを武器に、けんちゃんとキャッチ―なやり取りを見せる。
さらにコメント欄を見ると、自信にあふれた言葉の数々は視聴者に元気を与えているようだ。
初期の病み子とけんちゃんのやり取りは、病み子へのディスが散見していたのだが、最近ではそれも少ない。時代とそのニーズに合わせて2人のやり取りも変化させているのだろうか。
病み子は、あるごめとりいのチャンネルでたびたび紹介される、狂気の被害者となる女性たちの代弁者でもある。その犯人への叱責もまた、おネエことばがうまく作用している。
さらにけんちゃんと病み子は、動画で取り扱う事件や犯人に対して違う意見を持つことがある。互いの主張を尊重しつつ、自身の意見の根拠を述べるそのスタイルはあらゆる視聴者を獲得することになるだろう。
参考文献
クレア・マリィ、2015「招待講演 言語的カオスのクィア・リーディング:テキスト・イメージ・デザイヤー クィア理論と日本文学ー欲望としてのクィア・リーディングー」
木場安莉沙、2017「子供向けテレビアニメにおける「オカマ」キャラの表象:性的イデオロギーと想定される参与者からの排除」