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13.ナイトフィッシングイズグッド

2025/02/13(木)

僕は中学生のころ学校に行けていない期間があった。

明確は理由はあった。中学2年生の夏休み明けから行けなくなった。おかしいと思うことはおかしいと言ってしまう性格なので今思ってもしょうがなかったのだと思う。いじめというのはいじめている側はいじめているつもりはないからなくならない。誰がなんと言おうがいじめている人が悪い。それを学校が守ってくれないのであれば行かなくて良い。そう思う。

ただ、家で引きこもっているのは良くない。僕は母親がよく連れ出してくれていた。近所の公園に行ったり、サイゼリヤでミラノ風ドリアを食べに行ったりしていた。勉強はしたかった。塾の個別教室にも体験入学で行ってみたが「なんだこれ、教科書の内容言ってるだけじゃん。家で勉強してるのと同じじゃん」って思って1回で行くのを辞めてしまった。

それと同時期に臨床心理士の先生に出会った。
その先生は明るくて真面目で、僕のために色々考えて話をしてくれた。
僕は学校に行けない理由は明確だったが教室に入ることができない理由はわかっていなかった。ただただ怖いという理由しかなかった。僕は高校からは普通に毎日通いたい!という思いがあったからそのために1年間支えてくれた。
カウンセリング以外にも音楽の話をしたり、一緒に卓球したり、キャッチボールをしたり。

中学の卒業式は体育館の一番後ろで参加した。
結局最後まで教室には入れなかった。校長室で卒業証書を受け取った。

高校に入ってからも夏ぐらいまではその先生と月1ぐらいで会って話をしていた。
そのときに先生に教えてもらったのがサカナクションだった。当時アイデンティティが出る前だったので僕はバンド名すら知らなかった。アルバム5枚レンタル1,000円のときにTSUTAYAで借りた。おすすめしてもらった曲はナイトフィッシングイズグッドだった。

それからしばらく経って社会人になった。
ある日、大学の友達を飲んでいて2次会行くか〜ってなっていたときに電話が鳴った。
訃報だった。先生が亡くなった。自殺だった。行方不明になって佐賀県の山奥で見つかったと聞いた。数年あっていなかったからすぐには理解できなかった。たくさんの人が通夜にきていた。こんなにたくさんの人に愛されていたのに。顔見たとき涙が止まらなかった。先生の奥さんと話をした。どうしても感謝を伝えたくて「たくさんたくさん助けてもらいました。」と言った。2人とも涙が止まらなくてボロボロになってしまった。僕にとって家族以外の大切な人が亡くなった初めての経験だった。

中学のころ「いつかバンド組みたいんですよね。」って言ったら「組めるよ!組んでよ!」って返してくれた。大学に入ってバンドを組んだ。バンド組んだ話もできなかった。
一度でいいから一緒にお酒を飲みたかった。先生が辛いときに助けてあげられなかった。

「人生は有限ってわかってから楽しくなるぞ」と僕の憧れの人が言っていた。その通りだと思う。僕は毎日、自分なりに楽しく生きている。たまに落ち込むこともあるけど楽しく生きている。これからもそうやって生きていく。

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