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#弓道001 礼記射義

礼記らいき射義しゃぎ

しゃ進退しんたい周還しゅうせん かなられいあたり、うちこころざしただしく、外体そとたいなおくして、しかのち弓矢ゆみやること審固しんこなり. 弓矢ゆみやること審固しんこにして、しかのちってあたるとうべし.これって徳行とくこうるべし.

しゃじんみちなり. しゃただしきをおのれもとむ. おのれただしくしてしこうしてのち はっす. はっしてあたらざるときは、すなわおのれものうらみず. かえってこれをおのれもとむるのみ.

礼記射義」とは、現代弓道の精神的な指針で「射法訓」と供に『弓道教本』の巻頭文として採用されている特別に重要な教えである。また、標語として道場に掲示したり、稽古前に唱和することもある。

礼記(らいき)」とは、今から約2500年前に作られた、儒教の最も基本的な経典の一つで、中国の哲学者である孔子による教えである。全49篇で構成されており、その46番目の「射義」の抜粋が、弓道における「礼記射義」にあたる。他に有名なところでは31番の「中庸」がある。なお、「礼」は、儒教おいて理想的精神の発現として、人によって行われる理想行動であり、かつ同時に理想的精神を涵養する方法としての外的規則と言われている。

礼記の概要

そもそも「礼記」という言葉は、に関する注記という意味であり、「礼」あるいは「礼経」に関係する論議・注釈を指す言葉である。現代に伝わる『礼記』は、からにかけての儒学者がまとめた礼に関する記述を、前漢戴聖が編纂したものである。その内容は、政治・学術・習俗・倫理などあらゆる分野に及ぶ、雑然とした記録の集積である。

戴聖が編纂した『礼記』のほかに、戴聖の伯父である戴徳(大戴)が作った『礼記』が存在する。両者を区別する際には、戴聖の『礼記』を『小戴礼記』、戴徳の『礼記』を『大戴礼記』と呼称する。

『礼記』に対する注釈書としては、後漢鄭玄注、また鄭玄注をもとに疏を附した孔穎達『礼記正義』(『五経正義』の一つ)、陳澔の『礼記集説』、朱彬『礼記訓纂』など、多数のものが存在する。

Wikipedia 礼記  

礼記射義」には、弓を持つための心構え、射で徳行を観る、射は仁の道なり、など短い文書の中に、これでもかと言わんばかりの精神性が詰め込まれている。

なお『弓道教本』は、戦後の射法混乱を改善し、弓道の大綱を明らかにするために1953年(昭和28年)8月に第一巻が発刊された。「礼記射義」についてもその際に示された。

弓道教本』の編纂の際、弓道に関する精神的な指針は「礼記」のほかにも国内の文献が多数存在していたはずだ。しかし、あえて「礼記」を選択したところが思慮深い。武士道は、朱子学ないし儒教から多くの影響をうけている。武士の居ない世の中において、理想的精神を、そのルーツとも言える「」に求めたのではないかと妄想する。

弓道には沢山の魅力を感じているが、私にとっては「礼記射義」もその魅力の一つである。


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今後も弓道に関することを記事にしていきたいと思います。
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