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涙の雫が描く記憶。

8月6日。
渋谷駅のホーム。
いつもと変わらない風景。
雷が落ちたような衝撃でした。
込み上げる感情を抑えきれず、気づけば一人の大人が涙を堪えきれずにいました。 

それから最後の日までは「覚悟」を育む時間。
受け入れなきゃいけないんだって。

今は卒業セレモニー前日の夜です。胸の奥に渦巻く感情を抱えたままではいられず、いてもたってもいられない気持ちで、こうして文章を書いています。僕にとって欠かせない存在、人生の一部そのものだった東村芽依さんについて。この言葉が誰かに届く必要はありません。ただ、しがないオタクの独り言として、心に残る想いを記しておきたかったのです。

「耳に落ちる涙の雫よ
その熱さを僕は忘れない
目尻溢れ流れて行くんだ
自分の弱さ 誰にも見せないように…
泣こう 泣こう 泣こう
こんな夏の夜」
『耳に落ちる涙』

東村芽依さんとの出会い

僕と東村芽依さんとの出会いは約6年前、中学生のときでした。アイドルいいな、乃木坂いいなと少しオタクとしての片鱗を見せ始めていた僕でした。運命の出会いは突然です。乃木坂の関連動画でしょうか、ひらがな推しの東村芽依さんまとめ動画が目に留まりました。サムネの彼女がかわいくて軽い気持ちで動画をクリックしました。これが全ての始まりです。その頃の僕は、乃木坂を何となく好きになる程度で、「推し」という存在に深く心を動かされたことはありませんでした。しかし、芽依ちゃんを見た瞬間、胸の奥に「これが推しというものなのか」と思うような衝撃が走りました。まさに一目惚れです。当時の僕は、けやき坂46というグループの存在すら知りませんでした。そんな僕が初めての推しとして出会ったのが、紛れもなく東村芽依さんだったのです。彼女の純粋さと可愛らしさ、そして飾らない魅力に、僕はたちまち惹き込まれていきました。それからは、芽依ちゃんを知るために、けやき坂46というグループのことも、彼女の活動も、片っ端から調べる日々が始まりました。芽依ちゃんとの出会いは、僕のおひさま人生の、オタク人生のスタート地点でした。

「君と出会えた意味を考えてみた
僕たちはなぜ巡り合ったのだろう?
偶然か必然か分からぬまま
ある日そう恋に落ちたんだ
それがどういう意味を持ってるのか?
どんな未来に繋がって行くのか?
今僕が何よりも守りたい
愛は君がくれたものだ」
『君に話しておきたいこと』

絶望

中学生の頃、芽依ちゃんに出会った僕は、財力も知識も経験も何もありません。ただ「好き」という感情だけを抱えて、彼女を追いかける日々。叶う範囲で応援するだけ。それでもその時間は、中学生の自分のささやかな楽しみでした。

そんな僕の世界が大きく動いたのは2019年、中学3年生のとき。「ひなくり in 東京ドーム」の発表がありました。翌年には高校生になる。やっとライブに行けるようになるんだ。握手会にも行ける。芽依ちゃんに会える。そう思うと、胸が高鳴り、高校受験を乗り越える原動力となりました。日向坂がいなかったらあの時の自分はどうなっていたか分かりません。今とは全く違う生活を送っていたんじゃないかな。
僕の人生にはいつも日向坂が、そして芽依ちゃんが寄り添ってくれていました。

そして迎えた2020年——。しかし、現実は残酷でした。誰もが知っている通り、世界はすべてが止まりました。ライブはおろか、芽依ちゃんに会うことすら叶わない。あの頃の僕にとって、それは地獄そのものでした。
静かすぎる外の風景は僕の心の中を映し出していたかもしれません。

できる限りのことはやりました。ファンクラブに入り、meitalkを始め、配信ライブを見て、ミーグリにも参加しました。とても楽しかったし充実していた。芽依ちゃんの笑顔や声が、確かに僕の支えになっていたことは間違いありません。
ただ、今振り返ると、コロナ禍の時間は何とも言えない虚しさを伴うものでした。画面越しのやり取りは、どれだけ楽しくても空虚さを拭い去れませんでした。しかし、それでも僕が乗り越えられたのは、日向坂が、芽依ちゃんが、いつも僕のそばにいてくれたからだと思います。

「夢は何歳まで見てていいのですか?
ただ見続けてたって無駄ですか?
それでも僕たちはそう自分のこの目で
確かめるまでまだ意地でも未来を信じる」
『夢は何歳まで?』

芽依ちゃんとの思い出

初めて芽依ちゃんを生で拝めたのは2021年12月、幕張メッセで行われたひなくりです。画面越しではない、同じ空間に存在する。このときの胸の高鳴りを、この奇跡を、忘れることはできません。今でも脳裏に焼き付いています。

そして初めて芽依ちゃんとご対面したのは2023年7月のリアルミーグリ。出会った瞬間、時が止まりました。好きになってから実際に会って話せるまで、まさかこんなに時間がかかると思ってなかった。でもその時間は、長いけれど決して無駄ではなかったと強く思います。同じ空気を吸って言葉を交わしたあの数秒間は、何年も積み上げてきた全ての想いが報われる瞬間でした。幸せってこういうことなんだね…

他にも数えきれない思い出があります。
ライブには何回も行きました。何度芽依ちゃんと目が合ったかな。グッズもたくさん買いました。ポスターやらタオルやら、僕の部屋は芽依ちゃんまみれです。ローソンコラボでは、芽依ちゃんを求めて普段では考えられないほどローソンに通い詰めました。日向坂文庫コラボでは、本を全く読まない僕が芽依ちゃん表紙の本を買いました。友達に笑われるくらい写真集もたくさん買いました。僕の部屋で、芽依ちゃんはずっと生き続けるんです。楽しいやんちゃるず生活だったなあ。書ききれません。思い出がありすぎて。

2024年12月15日。最後のリアルミーグリ。最後の芽依ちゃんとのお話。手にした枚数は決して多くはなく、限られた時間の中で、すべての思いを伝えきれるはずもありません。でもいいんです。ただひたすらに、僕のすべてを言葉にして、ありったけの感謝と思いをぶつけました。会場を出た瞬間、堰を切ったように涙が止まらなくなりました。周りにたくさんのオタクたちがいる中、恥も外聞もなく泣いている自分がそこにはいました。これまで芽依ちゃんがいたからこそできたたくさんの思い出が胸に溢れて、抑えることなど僕の器ではできるわけもありませんでした。 
あんなに泣いたの、いつぶりだったかな…笑

たまに、「芽依ちゃんの好きなところってどこ?」って聞かれることがあります。正直、その魅力を言葉にするのは簡単じゃないんです。けれど、一つだけ確信を持って言えることがある。芽依ちゃんは、何よりも周りを思いやる人なんです。それはファンにも、メンバーにも向けられた温かさ。とにかくいつだって優しい。だからこそ、その笑顔を見るだけで心が救われるんです。…ああ、本当に好きだ!!!!!!!!(すみません、唐突に感情が溢れてしまいました。でも、好きな気持ちって、これくらい素直でいいんじゃないでしょうかね)

「君が微笑むだけで何だって許せてしまうんだ
まるで木漏れ日のように温かい気持ちになれる」
『JOYFUL LOVE 』

卒業発表から今日まで

今は最後の卒業セレモニー前です。今こうして文章を紡ぐことで、昂る感情をなんとか抑え込んでいます。こうでもしていないと渦巻く感情の嵐に飲み込まれそうで。

あの夏の日から今日まで、あっという間でした。
たくさんのやんちゃるずの皆さんと繋がって会話を交わし、芽依ちゃんを推してきたこれまでの歴史を振り返ることができた、とても充実した期間だったなと思います。
チケット戦争が結局この期間の一番の思い出になってしまったかもしれません。抽選はことごとく外れて一般先着。僕に声をかけてくれたり、当たるよう願ってくれたり、おめでとうって言ってくれたり、皆さんには本当に感謝です。仲間に恵まれていると、心の底から思いました。

本当なら、この文章の中にセレモニーの感想も書きたかったのですが…正直、ライブが終わった後の僕が冷静になれる気がしません。感想を書くのは、もう少し心が追いついたときにゆっくりと。そのときにまた、改めて伝えさせてください。

最後に

これから芽依ちゃんはどんな道を歩んでいくのだろう——ふとそんなことを考える瞬間があります。どんな未来を選んでも構わない。ただひとつ、彼女がずっと笑顔でいられる人生であってほしい。それだけでいい。芽依ちゃんが笑顔でいてくれるなら、それが僕にとっての幸せです。

最近、運命って本当にあるんじゃないかと思うようになりました。人はきっと、必要なときに必要な人と巡り会うようにできているんだと。芽依ちゃんは、僕にとってそんな存在でした。誇りであり、大切な推しであり、かけがえのない唯一無二の存在。彼女に出会えたことが、僕の人生をこんなにも豊かにしてくれたのです。
感謝とかいう単純な言葉は使えません。この胸の内をどんな言葉で表したらいいものかわからないほど、ただただ頭が上がらない思いでいっぱいです。

あの夏の夜、一人でこぼした涙の雫は、これまでの芽依ちゃんとの思い出がつまった大切な宝物だったのかな。忘れません絶対に。あの夜も、あの涙も、これまでのすべての瞬間も。

芽依ちゃんのオタクできて幸せでした。ありがとう🍓🍓

「夜が明けていく 
 遠い地平線の彼方 
 世界はこんなに広かったと知った
 蒼ざめた馬が大地を駆け抜けていく
 希望の光を浴びながら」
『青春の馬』


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