ベイカレント・コンサルティング著「エンジニアがビジネスリーダーをめざすための10の法則」|評判の書籍チェック
更新日:2022年6月29日
ベイカレント・コンサルティングから出ている書籍「エンジニアがビジネスリーダーをめざすための10の法則」を購入しました。
エンジニアとコンサルってビジネスを引っ張っていく人間と会社を支える人間というイメージですが、この書籍ではエンジニアでも会社を引っ張っていける存在になれるという内容です。
そのための法則が記載されています。
あらすじの内容
世界に名を連ねる企業の創始者はエンジニア出身も多いことはご存知でしょうか?
今の日本ではエンジニアはただの作業人であることがベターです。リーダーシップを執って会社の成長・成功を導く存在、という時代ではなくなってしまいました。
再び日本が世界に通用する企業となるためには、エンジニアがプロジェクトの先頭に立ち、自らビジネスをけん引していくべき、とベイカレント・コンサルティングは考えているようです。
書の中では、ソニーの盛田昭夫氏、京セラの稲盛和夫氏、日本電産の永守重信氏が登場しています。大企業の創始者と言われる偉人たちの生い立ちは下記の通りです。
ソニー創始者 盛田昭夫氏
1921年生まれ、愛知県育ち。
戦時中は海軍技術学生として、横須賀の海軍航空技術廠支廠勤務。その後は大阪帝国大学にて研究に従事していました。
1946年にソニーの前身である東京通信工業株式会社を設立。
日本初の機器を複数発売しています。
1950年、日本初のテープレコーダーを発売。
1955年、トランジスタラジオを発売。
1957年、世界最小のポケッタブルトランジスタラジオを発売。
1958年には社名をソニー株式会社と変更しました。現代になじみ深い社名がここで誕生しています。
1960年に世界初のトランジスタテレビを発売し、世界に通用する会社となりました。
技術者出身であることの強みを最大限に生かし、会社を成功に導いた教科書のような偉人です。
(参照:http://akiomorita.net/)
京セラ創設者 稲盛和夫氏
1932年生まれ、鹿児島県育ち。
鹿児島大学を卒業後、松風工業に入社し特殊磁器の研究に携わります。
1956年には日本で初めてフォルステライトの合成に成功。注目を浴びます。
その後、上司の技術部長と意見が対立。1959年に京セラの前身となる京都セラミックを創業しました。
社名が「京セラ」となったのは1982年の時です。
技術職として働き、時には上司であっても自分の意思を固く持って邁進する力のある偉人です。
(参照:https://www.kyocera.co.jp/inamori/)
日本電産創設者 永守重信氏
1944年生まれ、京都府育ち。
工業高校から農業訓練大学校の電気科へ進学し、技術者としての道を歩み始めます。
卒業後、音響制作会社に就職し、子会社取締役の経歴を持つと、音響制作会社の持ち株を元に日本電産を創業しました。このとき28歳の若さでした。
永守氏を含めてわずか3名での操業でしたが、日本を代表する小型モーター製造会社となり、世界に誇る会社となりました。
技術力を持つ企業を買収し子会社化することで企業の再建を行いました。
技術だけでなく、経営の頭脳も持ち合わせている優れた才能を持っているかのように思ってしまいますが、実際は1日16時間、休みは元旦の午前中だけという働きぶりで、努力を怠らない人物だったそうです。
これらの偉人と同じく、エンジニアでも会社を引っ張っていくことができれば、世界と戦っていける企業を生み出すことができるとベイカレント・コンサルティングでは考えているようです。
成功は才能だけではなく、努力も同時に積み重ねていくことで自身のキャリアアップや成功の道が開かれるのでしょう。
「エンジニアがビジネスリーダーをめざすための10の法則」のあらすじはこのような内容でした。