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【新書が好き】こころの情報学


1.前書き

「学び」とは、あくなき探究のプロセスです。

単なる知識の習得でなく、新しい知識を生み出す「発見と創造」こそ、本質なのだと考えられます。

そこで、2024年6月から100日間連続で、生きた知識の学びについて考えるために、古い知識観(知識のドネルケバブ・モデル)を脱却し、自ら学ぶ力を呼び起こすために、新書を学びの玄関ホールと位置づけて、活用してみたいと思います。

2.新書はこんな本です

新書とは、新書判の本のことであり、縦約17cm・横約11cmです。

大きさに、厳密な決まりはなくて、新書のレーベル毎に、サイズが少し違っています。

なお、広い意味でとらえると、

「新書判の本はすべて新書」

なのですが、一般的に、

「新書」

という場合は、教養書や実用書を含めたノンフィクションのものを指しており、 新書判の小説は、

「ノベルズ」

と呼んで区別されていますので、今回は、ノンフィクションの新書を対象にしています。

また、新書は、専門書に比べて、入門的な内容だということです。

そのため、ある分野について学びたいときに、

「ネット記事の次に読む」

くらいのポジションとして、うってつけな本です。

3.新書を活用するメリット

「何を使って学びを始めるか」という部分から自分で考え、学びを組み立てないといけない場面が出てきた場合、自分で学ぶ力を身につける上で、新書は、手がかりの1つになります。

現代であれば、多くの人は、取り合えず、SNSを含めたインターネットで、軽く検索してみることでしょう。

よほどマイナーな内容でない限り、ニュースやブログの記事など、何かしらの情報は手に入るはずです。

その情報が質・量共に、十分なのであれば、そこでストップしても、特に、問題はありません。

しかし、もしそれらの情報では、物足りない場合、次のステージとして、新書を手がかりにするのは、理にかなっています。

内容が難しすぎず、その上で、一定の纏まった知識を得られるからです。

ネット記事が、あるトピックや分野への

「扉」

だとすると、新書は、

「玄関ホール」

に当たります。

建物の中の雰囲気を、ざっとつかむことができるイメージです。

つまり、そのトピックや分野では、

どんな内容を扱っているのか?

どんなことが課題になっているのか?

という基本知識を、大まかに把握することができます。

新書で土台固めをしたら、更なるレベルアップを目指して、専門書や論文を読む等して、建物の奥や上の階に進んでみてください。

4.何かを学ぶときには新書から入らないとダメなのか

結論をいうと、新書じゃなくても問題ありません。

むしろ、新書だけに拘るのは、選択肢や視野を狭め、かえってマイナスになる可能性があります。

新書は、前述の通り、

「学びの玄関ホール」

として、心強い味方になってくれます、万能ではありません。

例えば、様々な出版社が新書のレーベルを持っており、毎月のように、バラエティ豊かなラインナップが出ていますが、それでも、

「自分が学びたい内容をちょうどよく扱った新書がない」

という場合が殆どだと思われます。

そのため、新書は、あくまでも、

「入門的な学習材料」

の1つであり、ほかのアイテムとの組み合わせが必要です。

他のアイテムの例としては、新書ではない本の中にも、初学者向けに、優しい説明で書かれたものがあります。

マンガでも構いません。

5.新書選びで大切なこと

読書というのは、本を選ぶところから始まっています。

新書についても同様です。

これは重要なので、強調しておきます。

もちろん、使える時間が限られている以上、全ての本をチェックするわけにはいきませんが、それでも、最低限、次の2つの点をクリアする本を選んでみて下さい。

①興味を持てること

②内容がわかること

6.温故知新の考え方が学びに深みを与えてくれる

「温故知新」の意味を、広辞苑で改めて調べてみると、次のように書かれています。

「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」

「温故知新」は、もともとは、孔子の言葉であり、

「過去の歴史をしっかりと勉強して、物事の本質を知ることができるようになれば、師としてやっていける人物になる」

という意味で、孔子は、この言葉を使ったようです。

但し、ここでの「温故知新」は、そんなに大袈裟なものではなくて、

「自分が昔読んだ本や書いた文章をもう一回読み直すと、新しい発見がありますよ。」

というぐらいの意味で、この言葉を使いたいと思います。

人間は、どんどん成長や変化をしていますから、時間が経つと、同じものに対してでも、以前とは、違う見方や、印象を抱くことがあるのです。

また、過去の本やnote(またはノート)を読み返すことを習慣化しておくことで、新しい「アイデア」や「気づき」が生まれることが、すごく多いんですね。

過去に考えていたこと(過去の情報)と、今考えていること(今の情報)が結びついて、化学反応を起こし、新たな発想が湧きあがってくる。

そんな感じになるのです。

昔読んだ本や書いた文章が、本棚や机の中で眠っているのは、とてももったいないことだと思います。

みなさんも、ぜひ「温故知新」を実践されてみてはいかがでしょうか。

7.小説を読むことと新書などの啓蒙書を読むことには違いはあるのか

以下に、示唆的な言葉を、2つ引用してみます。

◆「クールヘッドとウォームハート」

マクロ経済学の理論と実践、および各国政府の経済政策を根本的に変え、最も影響力のある経済学者の1人であったケインズを育てた英国ケンブリッジ大学の経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉です。

彼は、こう言っていたそうです。

「ケンブリッジが、世界に送り出す人物は、冷静な頭脳(Cool Head)と温かい心(Warm Heart)をもって、自分の周りの社会的苦悩に立ち向かうために、その全力の少なくとも一部を喜んで捧げよう」

クールヘッドが「知性・知識」に、ウォームハートが「情緒」に相当すると考えられ、また、新書も小説も、どちらも大切なものですが、新書は、主に前者に、小説は、主に後者に作用するように推定できます。

◆「焦ってはならない。情が育まれれば、意は生まれ、知は集まる」

執行草舟氏著作の「生くる」という本にある言葉です。

「生くる」執行草舟(著)

まず、情緒を育てることが大切で、それを基礎として、意志や知性が育つ、ということを言っており、おそらく、その通りではないかと考えます。

以上のことから、例えば、読書が、新書に偏ってしまうと、情緒面の育成が不足するかもしれないと推定でき、クールヘッドは、磨かれるかもしれないけども、ウォームハートが、疎かになってしまうのではないかと考えられます。

もちろん、ウォームハート(情緒)の育成は、当然、読書だけの問題ではなく、各種の人間関係によって大きな影響を受けるのも事実だと思われます。

しかし、年齢に左右されずに、情緒を養うためにも、ぜひとも文芸作品(小説、詩歌や随筆等の名作)を、たっぷり味わって欲しいなって思います。

これらは、様々に心を揺さぶるという感情体験を通じて、豊かな情緒を、何時からでも育む糧になるのではないかと考えられると共に、文学の必要性を強調したロングセラーの新書である桑原武夫氏著作の「文学入門」には、

「文学入門」(岩波新書)桑原武夫(著)

「文学以上に人生に必要なものはない」

と主張し、何故そう言えるのか、第1章で、その根拠がいくつか述べられておりますので、興味が有れば確認してみて下さい。

また、巻末に「名作50選」のリストも有って、参考になるのではないかと考えます。

8.【乱読No.95】「こころの情報学」(ちくま新書)西垣通(著)

[ 内容 ]
地球上に生命が誕生した三十数億年前に、情報も同時に誕生した。
情報とは生命の意味作用であり、ヒト特有の言語もその発展形にほかならない。
すなわち、ヒトの“心”とは“情報”が織りなすダイナミックなプロセスなのである!
それでは、動物の心を根底にもちながら、一方で機械(コンピュータ)で心をつくろうという野望を抱く、現代人の心とはいったい何か?
オートポイエーシス、動物行動学、アフォーダンス、人工知能といった理系の知と、現象学、言語学、社会学などの文系の知を横断しながら、まったく新しい心の見方を提示する、冒険の書。

[ 目次 ]
第1章 情報から心をみる(情報学からの展望 心は情報処理機械か ほか)
第2章 機械の心(機械が言葉をしゃべるとは 人工知能の挑戦 ほか)
第3章 動物の心(生命の誕生と歴史 心的システムの進化 ほか)
第4章 ヒトの心(言語が生まれる 原型言語 ほか)
第5章 サイバーな心(もとめられる身体性 イメージ商品としての機械情報 ほか)

[ 発見(気づき) ]
「情報」という言葉ほど常日頃使われているにもかかわらず、そのコノテーションが曖昧なものはない。
ニュースや書籍などによって得られる「知識」の同義語として使われるかと思えば、工学的には「エネルギー」「物質」とは区別された或る統計的な量として定義され、またコンピュータが普及した今日ではバイナリ化された記号・音声・映像データという意味をも担うに至っている。
本書は「機械(=人工知能)」・「動物」・「ヒト」それぞれと「情報」との関係を考察するなかで「情報なるもの」の本質に迫ろうとするスリリングでチャレンジングな試みである。
一般的に言って「情報」は「知識」の同義語と見なされる際には、「言語」とオーバーラップさせて理解されることが多く、またビットを単位とする「情報量」と見なされるときには人間から独立な格別な存在と解されることが多い。
しかし、本書ではこの工学的な意味での「情報」(デジタル化できる記号としての情報)とそれに付与される意味としての「情報」の関係性という二つのドグマを回避した地点に新しい「情報」概念を打ち立てることが目指されている。
端的にいえば「情報」とは「生命」の意味付与作用にほかならず、したがって「生命」を抜きにして「情報」を論じることは意味を成さない。
「情報は生命とともに誕生した」のである。
このテーゼは、これから「情報」について考える者のスタート地点になるはずである。
このテーゼによって、「情報」が単なる「言語」的意味の領域にとどまらず、価値や情動の領域にまで拡張される拠点を与えられると同時に、何らかの生命相互のコミュニケーションを離れては「情報」が端的に無意味となり、没概念となり了わることがはっきりと宣言されたからである。
西垣「生命情報論」にとって非常に重要な著作である。

[ 問題提起 ]
情報学、動物行動学、人工知能、現象学、言語学、社会学のキーワード(例えば、アフォーダンス、フレーム問題、オートポイエーシス、など)を総合し、情報という視点から人のこころを説明する本。
情報科学のキーワードが無数に登場し、著者は本来、別次元である、それらのキーワードをパズルのように見事に組み合わせて、人のこころの意味を考えていく。
情報科学好きにはたまらないワクワク本。
読み取れたこの本の概要。
著者は、情報を「それによって生物がパターンをつくりだすパターン」と定義している。
すなわち、心(あるいは心的システム)を持つ生物がいなければ、情報は存在しないという<生命情報>の立場に立つ。
つまりヒトや動物がいないと情報も存在しない。
これに対するのは記号の意味が捨象された<機械情報>の世界であり、記号の伝達と効率のみの世界。
コンピュータ同士の情報のやりとりや、意味が固定化された社会の情報を指す。
思うに、セマンティックWebが扱うのは機械情報である。
この生命情報を処理するのが、心的システム(あるいはこころ)であるとする。
認知活動により意識にのぼる情報のパターンが、言語の意味作用や、他の情報との出会いにより、ダイナミックに変化する遷移のプロセスが「こころ」の正体という定義である。
こころはオートポイエーシスの性質を持つとも言う。
オートポイエーシス(自己創出性)は、このメディアアート「顔ポイエーシス」を見るとわかりやすいと私は思ったので紹介。
なお、この本で紹介されているわけではない。
・『顔ポイエーシス facepoiesis』と遺伝的絵画(Genetic Paintings) について
http://www.renga.com/facepoiesis/tabula/index.htm
人が描いた顔の絵を交配し、別の顔を生成していくプログラム。
元の顔のパーツや配置の要素情報が遺伝子として引き継がれて、無数の顔が増殖する。
これらの顔の中には、描き手が将来描くかもしれない顔までもが含まれているかもしれない。
つまり、外部環境の情報(人が描いた絵、前の世代の顔)を取り込んで、何らかの選択パターン(遺伝メカニズム)を使って、自律的に新たな意味(顔)を生み出し続ける性質がオートポイエーシスと説明できると思う。
こうして定義された、「こころ」と、言語、社会、環境、技術、インターネットなどとの関係が説得力ある統合として語られていく。
広い研究領域の成果が次々に紹介されては、このキーワードはここに組み込める、といった風に、パズルが完成されていくプロセスは知的好奇心を刺激されまくり。
一般向けに書かれた本だが、一通りのキーワードは事前に理解しておく方がわかりやすいとは、思った。
この著者の西垣通教授の著書は、情報を考える上でいつも啓発される。
理系のはずなのに文系の領域にも詳しく、現代思想まで踏み込んで現代を論じるすごい人。
思想だからか、この本は5年前の本だけれど、まるで色褪せていない。

[ 教訓 ]
私たちはまず、「情報」という概念を生活・ビジネスに拡張しなければならない。
ところが、これが意外に非常に難しい。
一般に私たちは日常用語として使っている言葉ほど、その定義をあいまいにしている。
情報もその1つだ。
しかし、学問的には「情報」の定義付けの試みは結構数多く行われている。
その先駆的な仕事としてよく取り上げられるのが、1948年のシャノンとウィナーの『情報理論』だ。
このうちウィナーは情報について、
「われわれが外界に適応しようと行動し、またその調節行動の結果を外界から感知する際に、われわれが外界と交換するものの内容である」
とし、またシャノンは「不確かなものを削減する」“意味”の関連で定義付けている。
また、有名なところでは文化人類学者ベイトソンの「情報とは差異を作る差異である」という定義もよく引用される。
このあたりの議論は、本書の第1章において詳しい。
ここで注目したいのは、「情報」という概念が、コンピュータサイエンスではなくわれわれ人間の「認知」「行為」「思考」とのかかわりで定義付けられているということだ。
コンピュータの範囲で「情報」を考えると、それは処理をつかさどる、もしくは処理の対象である「コード」でしかないのだが、これらの定義によって私たちは、本来の「情報」とは、われわれの日々の営みとともにあるのだということにいまさらながら気付くことができる。
一方「デザイン」という言葉についても考えてみよう。
三省堂の『大辞林』によると、
「行おうとすることや作ろうとするものの形態について、機能や生産工程などを考えて構想すること。
意匠。
設計。
図案。」
という定義がなされている。
ここで注目したいのは、「形態(かたち)」とともに「構想する」という行為が、この定義に含まれていることである。
つまり、私たちは日ごろ、デザインされた結果としての図像、形を「デザイン」といっているが、本来は、それを生み出す行為・プロセスそのものがデザインなのだ。
ここで、「情報」と「デザイン」を結び付けてみる。
「情報」は、そのものとしてはある「意味」(「差異」「まとまり」「関係」「価値」)などを担った記号として存在する。
しかし、それを「情報」として機能させるには、「理解」するという人間の意識行為が前提となり、そこでは人間の「能力」や、そのプロセスにかかわる「環境」を排除して考えることはできないということが分かってくるのである。
それはそれは・・・複雑である。
だからこそ、デザインなのだ。
つまり「描く」こと、なのである。
『不安症』で書かれているように、ワーマンは情報を描く(整理する)ためのキータームは「位置」「アルファベット」「時間」「分野」「階層」の5つに集約できるいう。
ただし、アルファベットは「順序」としてとらえるべきである。
この考え方は、グラフ理論の基本と重なる部分が大きい。
エンジニアであれば毎日のようににらめっこしているフローチャート、アルゴリズムなどのいわゆる仕様書、プログラム以前のシステム構成図は、いわゆるグラフ表現以外の何物でもない。
そうだった。

[ 結論 ]
そもそもコンピュータのプログラムなんていうものは、人間の思考や行為を移し替えたものでしかなかったのだ。
情報デザインとは、私たち人間の認識プロセス、会話、さまざまな行為、そして思考を描き出すことにほかならないのだ。
本書では、情報化社会を論じるにあたり、適切な情報の定義を様々な角度から検討し、説得力のある視点を提示している。
その定義は第1章:情報から心を見るに詳しいが、端的に言うと、
・情報とは、生命にとって意味のある恣意的な情報=<生命情報>
・<生命情報>は規範化権力により<社会情報>に
・<機械情報>は<社会情報>の安定の上に成り立つ
ということになる。
さて生命情報は、生物が環境から読み取る情報で、その受け取り方、伝え方は個体によってゆらぐ、恣意的なものである。
また、情報は生物が環境からあるパターンとして獲得し、蓄積し、そして新たに獲得した情報と合成され、さらに蓄積される。
頭の中にある情報然り、遺伝情報然り、歴史的・時間的に累積する。
生命にとって情報とは、生物がパターンを作り出すパターンなのである。
これは文化人類学者ベイトソンの言う、情報は「差異を作り出す差異」という定義にも通じる。
ただしベイトソンは生物・非生物を区別しておらず、それが「弱点だ」と著者は言う。
ところで社会動物はコミュニケーションを取らなくてはならない。
それが最も生き延びる戦略上正しいからだ。
よって社会動物はお互いに何らかの外部シンボル―言語、身振り、声、といったもので自分の得た生命情報を伝達する。
言語はその最たるもので、それ自体は単なる記号にしか過ぎない。
しかし、その記号の指す意味内容が不安定だとコミュニケーションは取れない。
社会的に合意し、意味内容を安定しておく必要がある。
社会参画者全員に通用するような規範化権力が作用しなければならない。
具体的な手段は教育や辞書編纂、といった活動を通して行われ、それらが歴史的、時間的に累積する中、記号の意味は安定していく。
大雑把に言って、これが社会情報である。
そして機械情報が、我々が一般に情報と言うものだろう。
すなわちコンピュータに蓄積されている記号の山である。
こころを情報という視点で眺めつつ既存の学問を再編纂する旅は、機械、動物、ヒト、そして情報化社会下という状況のもとでのヒト、という様々な存在に対し、下記のように問いかけることで続く。
・それは”こころ”を持つのか?
・それが"こころ”を持つなら、その”こころ”は情報をどう取り扱うのか?
では機械が心を持つとはどういうことだろうか?
西洋的な知的伝統の中で、世界は厳密な記述論理で表現され、そしてそれらの組み合わせで演繹的に推論できるという夢が現実味を帯びていた時代があった。
それはアリストテレスの命題論理、フレーゲの述語論理から始まる。
3段論法で、大前提―小前提―結論という論理は隙の無い厳密に正しい論理である。
命題が厳密に設定されればそこから森羅万象が演繹できる。
この前提のもとでは、あらゆる情報が機械的に記述されれば、世界は計算によって把握できるかに思える。
これがコンピュータのパワーと出会ったとき、所謂AIという発想が生まれ、実際AIには膨大な努力が注ぎ込まれてきた。
しかし本書の主張は、結局そのようなアプローチ自体が誤っているとする。
著者は反証として、数学の世界から、ヒルベルトの形式的記号論理体系、適切な公理からあらゆる推論ができるというラッセルの夢が、ゲーデルの不完全性定理で否定された例を上げる。
また、AIが目指す知的ロボットのフレーム問題(言うまでもない有名な話ですね)、オートポイエーシスが示唆する認知の閉鎖性からも、そのアプローチを否定する。
機械には心は無い。
人にはある。
こころは生物として重ねてきた歴史の上に成り立つオートポイエティックな認知システムであると西垣は言い、そう結論付けた。
では、生物としての進化の歴史をヒトと同じく持つ動物はこころを持つのだろうか?
心は意識を包括するシステムである。
意識は何故あるのか?
進化論的に言うならば、それは生存上有利だからだ。
環境変化という前提がある以上、生命はその変化に耐えなくてはならない。
変化し続ける環境に対応し続けるために、心的システムは神経情報をもとに認知し、代謝情報(ホルモンなど)により体内の各器官に環境への対応を促す。
とするならば、ヒトと同じく進化の途上を歩んできた動物にこころがあっても不思議ではない。
結論から言えば、著者は動物にもこころはあると結論付ける。
無論、ヒトに比べれば貧弱な心的システムではあるが、実際の状況にひたすら対応する中で、動物もまた状況を一瞬のうちに選択的に認知し、行動を選択する。
コウモリは、あらゆる角度から射してくる超音波反射から有効なパターンを一瞬で選び取り、適切に障害物を避けていく。
知的ロボットが何の行動選択もできず固まってしまうのと対照的である。
プリゴジーヌは、外界と物質やエネルギーが絶えず行き来する非平衡の開放系では長期にわたって安定したマクロなパターンが出現することを見出し、これを「散逸構造」と呼んだ。
この中では、ある物質が自分自身を触媒として同じ物質を生み出す「自己触媒」が重要な働きをしている。
これはオートポイエティックな存在としての生命を示唆しており、散逸構造が生命現象の基本かもしれないと著者は言う。
つまり、この意味でもヒトと動物は同一の認知基盤を持っている可能性が示唆されるのだ。
ところで一言で心的システムと言うが、ヒトと動物のそれはまったく同じであるとはさすがに思えない。
では両者の違いとはなんだろうか?
さてヒトの心であるが、どうも読んだ感じでは、それまでの章の、機械に心はあるか?動物に心はあるか?といったアプローチでないように思える。
動物の心との違いはもう明らかなので論じないということなのであろう。
ここではヒトの心的システムが意味論(セマンティックス)を処理するのは前提となっていて、むしろそういう存在であるヒトが他の動物にはない統辞論(シンタックス)―機械情報といってもいい―を求め、生んだのは何故かといった話から、ヒトの心はこういうものだという定義を導き出している。
さて現実から時空間を離れた多人数が登場する物事を記述するためには、ボノボのカンジが解するレベルをはるかに超えた論理的な脈略を表現する必要がある。
カンジは語順の制約は意味として理解できるが、複文になると77%しか理解できなくなるらしい。
社会動物が発展したヒトがそんな複雑なものを必要としたのはなぜか?
この動機は構成員の不安解消や結束のためであると著者は言う。
類人猿がそれを求め政治することからも分かるように、予測できる=未来への不安を抱えるということであり、それを解消するという強い動機がそこに存在しうるのだ。
そしてその動機が、卓越性だけでは共同体はまとまらず、内部抗争が頻発してしまうという現実と結びついたとき、聖性、すなわち求心力のあるフィクションが必要となった。
未来への不安から共同体を守り、結束するために神話が必要となり、神話―現実から時空間を離れた多人数が登場する―を記述するためには、シンタックスに支えられた複雑な表現機構が必要となったというロジックだ。
このロジックはその後の議論を規定する上で強力な前提となっているが、著者はここでこの言説の出典・根拠を明らかにしない。
わずかにモールの言葉を引いているが、モールは聖性がヒトにとって必要となったと言っているに過ぎず、言語の必要性には先行の研究を示していない。
ということはこれについてはまだ、著者の主観というレベルなのかもしれない。
さて本題であるが、社会動物は知覚によってのみ環境世界を認識するだろうか。
カンジの例からは、知覚だけでなく、他者とのコミュニケーションで環境世界のイメージを 作り上げるということが分かる。
カンジは自省段階の心的システムを持っているのだ。
ここでやりとりされた言葉は共同主観性・間主観性を持っている。
これは神話が規範権力として機能するためには、シンタックスを持った言語が共同主観性・間主観性を持っていなければならないことと符合する。
でなければ社会的リアリティなど持ちようがない。
では言語はどうやって共同主観性・間主観性を持ち得たのか?
心が扱うのは近くからの生命情報だけではない。
社会情報もプロセスする。
オートポイエティックに言うなら生命情報は知覚を起点に閉鎖システムが生むものであり、そのリアリティは環境の抵抗、もしくは安定性によりもたらされる。
カエルが埃を食べても栄養にはならないがハエを食べれば栄養となる。
それが安定して続くからそれがヴァーチャルなものでなくなるのだ。
ではもう一つ大切なインプットである社会情報はどのようにリアリティを獲得するのだろうか?
この2つの問いに答えることが、ヒトの心の定義に大きなヒントを与えるのだ。
では、サイバーな心、これはなんだというと、情報化社会におけるヒトの心である。
ヒトの心は動物の心の一種である。
みずからの生命情報の外部化、機械化(規範化)を激しく求める社会動物、それがヒトの心であった。
・・・そう書くと何かサイバネ的なものにもつながりそうであるのだが。

[ コメント ]
規範化権力の威力は文字、印刷技術の登場によりいや増し、書籍を媒介に流通する機械情報は増量に増量を重ね、そしてコンピュータ、インターネットの出現により、ついに爆発的な奔流となる。
文字・印刷技術という情報テクノロジーによるヒトの閉鎖システムの表象とも言える言語は、ヒトの心を変容させた。
権威の発する声に耳を傾けるのではなく、機械情報を自らの閉鎖システム更新の手段とし始めたのだ。
例えば、ヒトの心では山奥の農夫に3段論法をしかけると、ほとんど正解しないという事例を紹介する。
これは彼らの閉鎖システムが、それを必要としていないからだ。
このような状態では、中心者が運ぶ父祖の声というもの、あるいは文脈を持つ神話が共同体を結束させる求心力となるのは何となく想像がつく。
索引のついた印刷物の一部を、何か情報データベースのように文脈から切り離し参照する、グーテンブルグ後のヒトとは対照的である。
印刷機械により、”王は死んだ”のだ。
そしてコンピュータ・インターネットによる情報の痛烈なまでの流通は、さらにヒトの心を変容させ得る。
生命であり、閉鎖システムで生きているにも関わらず、外部の機械情報で自らを統御しようとする特異な生物であるヒトは、すなわち鋭い矛盾を抱えている存在であると言える。それが究極に達するのが、情報化社会だというのだ。
印刷物をはるかに超える機械情報のインパクト、これは人間に何をもたらすだろうか?

9.参考記事

<書評を書く5つのポイント>
1)その本を手にしたことのない人でもわかるように書く。

2)作者の他の作品との比較や、刊行された時代背景(災害や社会的な出来事など)について考えてみる。

3)その本の魅力的な点だけでなく、批判的な点も書いてよい。ただし、かならず客観的で論理的な理由を書く。好き嫌いという感情だけで書かない。

4)ポイントを絞って深く書く。

5)「本の概要→今回の書評で取り上げるポイント→そのポイントを取り上げ、評価する理由→まとめ」という流れがおすすめ。

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【新書が好き】景気とは何だろうか
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