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【新書が好き】キヤノン特許部隊


1.前書き

「学び」とは、あくなき探究のプロセスです。

単なる知識の習得でなく、新しい知識を生み出す「発見と創造」こそ、本質なのだと考えられます。

そこで、2024年6月から100日間連続で、生きた知識の学びについて考えるために、古い知識観(知識のドネルケバブ・モデル)を脱却し、自ら学ぶ力を呼び起こすために、新書を学びの玄関ホールと位置づけて、活用してみたいと思います。

2.新書はこんな本です

新書とは、新書判の本のことであり、縦約17cm・横約11cmです。

大きさに、厳密な決まりはなくて、新書のレーベル毎に、サイズが少し違っています。

なお、広い意味でとらえると、

「新書判の本はすべて新書」

なのですが、一般的に、

「新書」

という場合は、教養書や実用書を含めたノンフィクションのものを指しており、 新書判の小説は、

「ノベルズ」

と呼んで区別されていますので、今回は、ノンフィクションの新書を対象にしています。

また、新書は、専門書に比べて、入門的な内容だということです。

そのため、ある分野について学びたいときに、

「ネット記事の次に読む」

くらいのポジションとして、うってつけな本です。

3.新書を活用するメリット

「何を使って学びを始めるか」という部分から自分で考え、学びを組み立てないといけない場面が出てきた場合、自分で学ぶ力を身につける上で、新書は、手がかりの1つになります。

現代であれば、多くの人は、取り合えず、SNSを含めたインターネットで、軽く検索してみることでしょう。

よほどマイナーな内容でない限り、ニュースやブログの記事など、何かしらの情報は手に入るはずです。

その情報が質・量共に、十分なのであれば、そこでストップしても、特に、問題はありません。

しかし、もしそれらの情報では、物足りない場合、次のステージとして、新書を手がかりにするのは、理にかなっています。

内容が難しすぎず、その上で、一定の纏まった知識を得られるからです。

ネット記事が、あるトピックや分野への

「扉」

だとすると、新書は、

「玄関ホール」

に当たります。

建物の中の雰囲気を、ざっとつかむことができるイメージです。

つまり、そのトピックや分野では、

どんな内容を扱っているのか?

どんなことが課題になっているのか?

という基本知識を、大まかに把握することができます。

新書で土台固めをしたら、更なるレベルアップを目指して、専門書や論文を読む等して、建物の奥や上の階に進んでみてください。

4.何かを学ぶときには新書から入らないとダメなのか

結論をいうと、新書じゃなくても問題ありません。

むしろ、新書だけに拘るのは、選択肢や視野を狭め、かえってマイナスになる可能性があります。

新書は、前述の通り、

「学びの玄関ホール」

として、心強い味方になってくれます、万能ではありません。

例えば、様々な出版社が新書のレーベルを持っており、毎月のように、バラエティ豊かなラインナップが出ていますが、それでも、

「自分が学びたい内容をちょうどよく扱った新書がない」

という場合が殆どだと思われます。

そのため、新書は、あくまでも、

「入門的な学習材料」

の1つであり、ほかのアイテムとの組み合わせが必要です。

他のアイテムの例としては、新書ではない本の中にも、初学者向けに、優しい説明で書かれたものがあります。

マンガでも構いません。

5.新書選びで大切なこと

読書というのは、本を選ぶところから始まっています。

新書についても同様です。

これは重要なので、強調しておきます。

もちろん、使える時間が限られている以上、全ての本をチェックするわけにはいきませんが、それでも、最低限、次の2つの点をクリアする本を選んでみて下さい。

①興味を持てること

②内容がわかること

6.温故知新の考え方が学びに深みを与えてくれる

「温故知新」の意味を、広辞苑で改めて調べてみると、次のように書かれています。

「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」

「温故知新」は、もともとは、孔子の言葉であり、

「過去の歴史をしっかりと勉強して、物事の本質を知ることができるようになれば、師としてやっていける人物になる」

という意味で、孔子は、この言葉を使ったようです。

但し、ここでの「温故知新」は、そんなに大袈裟なものではなくて、

「自分が昔読んだ本や書いた文章をもう一回読み直すと、新しい発見がありますよ。」

というぐらいの意味で、この言葉を使いたいと思います。

人間は、どんどん成長や変化をしていますから、時間が経つと、同じものに対してでも、以前とは、違う見方や、印象を抱くことがあるのです。

また、過去の本やnote(またはノート)を読み返すことを習慣化しておくことで、新しい「アイデア」や「気づき」が生まれることが、すごく多いんですね。

過去に考えていたこと(過去の情報)と、今考えていること(今の情報)が結びついて、化学反応を起こし、新たな発想が湧きあがってくる。

そんな感じになるのです。

昔読んだ本や書いた文章が、本棚や机の中で眠っているのは、とてももったいないことだと思います。

みなさんも、ぜひ「温故知新」を実践されてみてはいかがでしょうか。

7.小説を読むことと新書などの啓蒙書を読むことには違いはあるのか

以下に、示唆的な言葉を、2つ引用してみます。

◆「クールヘッドとウォームハート」

マクロ経済学の理論と実践、および各国政府の経済政策を根本的に変え、最も影響力のある経済学者の1人であったケインズを育てた英国ケンブリッジ大学の経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉です。

彼は、こう言っていたそうです。

「ケンブリッジが、世界に送り出す人物は、冷静な頭脳(Cool Head)と温かい心(Warm Heart)をもって、自分の周りの社会的苦悩に立ち向かうために、その全力の少なくとも一部を喜んで捧げよう」

クールヘッドが「知性・知識」に、ウォームハートが「情緒」に相当すると考えられ、また、新書も小説も、どちらも大切なものですが、新書は、主に前者に、小説は、主に後者に作用するように推定できます。

◆「焦ってはならない。情が育まれれば、意は生まれ、知は集まる」

執行草舟氏著作の「生くる」という本にある言葉です。

「生くる」執行草舟(著)

まず、情緒を育てることが大切で、それを基礎として、意志や知性が育つ、ということを言っており、おそらく、その通りではないかと考えます。

以上のことから、例えば、読書が、新書に偏ってしまうと、情緒面の育成が不足するかもしれないと推定でき、クールヘッドは、磨かれるかもしれないけども、ウォームハートが、疎かになってしまうのではないかと考えられます。

もちろん、ウォームハート(情緒)の育成は、当然、読書だけの問題ではなく、各種の人間関係によって大きな影響を受けるのも事実だと思われます。

しかし、年齢に左右されずに、情緒を養うためにも、ぜひとも文芸作品(小説、詩歌や随筆等の名作)を、たっぷり味わって欲しいなって思います。

これらは、様々に心を揺さぶるという感情体験を通じて、豊かな情緒を、何時からでも育む糧になるのではないかと考えられると共に、文学の必要性を強調したロングセラーの新書である桑原武夫氏著作の「文学入門」には、

「文学入門」(岩波新書)桑原武夫(著)

「文学以上に人生に必要なものはない」

と主張し、何故そう言えるのか、第1章で、その根拠がいくつか述べられておりますので、興味が有れば確認してみて下さい。

また、巻末に「名作50選」のリストも有って、参考になるのではないかと考えます。

8.【乱読No.69】「キヤノン特許部隊」(光文社新書)丸島儀一(著)

[ 内容 ]
一九五〇年代には未だカメラ専業メーカーであった、キヤノンの奇跡ともいえる六〇年あまりの歴史に、丸島の展開してきたビジネスはどのような役割をになったのか。
企業戦略として特許を活用するとは、具体的にどのようなことなのか。
昭和九年生まれの日本人が、朝からステーキを喰うアメリカのビジネスマンたちとどのように渡り合ってきたのか。
そして私たち日本のビジネスパーソンは、特許あるいは知的財産権をどのように考え、仕事に生かすべきなのだろうか。

[ 目次 ]
第1章 巨人ゼロックスとの闘い(キャノン、多角化への野望 シンクロリーダー ほか)
第2章 戦略的特許ビジネスとは(NPシステムの展開 世界初の液乾式PPC ほか)
第3章 交渉(海外体験 屈辱の旅発ち ほか)
第4章 何のためのプロパテントか(プロパテント政策とは アメリカで始まったプロパテント政策 ほか)

[ 発見(気づき) ]
著者である丸島儀一氏は、キヤノンの元特許部長(専務)で、入社以来特許一筋の人生を歩み、同社のコピー機やプリンタ事業の成功を特許部門から支えられた立て役者である。
本書では、「特許や知的財産をどの様に考え、仕事に生かすべきか」について、著者自身の体験に基づいて記述されている。
この当時、特許を中心とした知的財産戦略に関する話題が、新聞紙面をにぎわせていた。
米国が90年代に独禁法優先から特許権者の権利優先という方向に戦略を転換し、以後の繁栄を築きあげたことにならい、日本政府でも国家的な知的財産戦略構築に向けた動きが活発化している。
このような流れの中で、知的財産戦略と言うと、「特許を商品と見て収入を得る」という側面に強く脚光が当たっている様に感じられる。
しかし著者の考えは、「自社の事業を守る為に、特許を権利として活用する」べきというものである。
つまりあくまでも事業で稼ぐ事が主であり、知的財産戦略推進はそれを実現する有力な手段である、との主張となっている。
製造業の競争力低下が叫ばれる中で、強い製造業復活のカギは実は知的財産戦略の構築にあるのかもしれない。
特許部(知的財産部)といえば、開発者の依頼を受けて行動するという受動的なイメージが一般的ではないだろうか。
しかしキヤノンでは、特許部員自ら主体的に開発に参画し、その中で開発者と一緒に特許をつくりあげていくという行動様式が根付いており、それが同社の強い知的財産ポートフォリオと、IT不況をはねのける強い事業を産んだのだと理解できた。
それ以外にも、海外の強者との駆け引き等、臨場感溢れる内容に、昭和時代の国際ビジネスの現場を垣間見る事ができる。
構成も、主にインタビュー形式をとっており、大変読み易く工夫されている。
知的財産について理解を深めたり、仕事に対する取組姿勢についての参考として、一読の価値があると思った。

[ 問題提起 ]
クロスライセンス契約とは、企業が持っている特許を包括的にまとめて、お互いに供与しあいましょうというものである。
お互いに供与するライセンスの価値が同じであるならば、ライセンス料の受け払いは0となり、どちらか一方が有利な場合は、差額の受け払いが生ずることになる。
キヤノンの個別財務諸表を読むと 平成17年12月期の特許権収入が、209億2,400万円ある。
これは、クロスライセンス契約を他の企業と結び、キヤノンの方が優位なので、差額として受取ったライセンス料だそうである。
キヤノンは、特許部門が強い会社といわれているが、特許部門はこの特許権収入を最大化させようという戦略は持っていない。
特許収入を受取るということは、相手方に自分の強みを与えてしまうことになり、自分の事業の強い部分が、なくなってしまうことにもなるからである。
特許というのは、誰にもライセンスを与えず、自分たちで独占して利用するのが、一番利益になるようなものなのであるが、今の製品は、一つの特許でできるものはない。
数多くの特許を利用することになるので、当然他者の特許も利用せざるを得なくなるのである。
そうするとそのような特許を持っている企業に、ライセンスを与えてくださいということになるのであるが、もし直接ライセンスをくださいといってしまうと相手に足元を見られてふっかけられてしまう。
そうするとライセンスフィーが上がるので、製品原価が上がり、企業の利益を圧迫するのでよろしくない。
であるから交渉の極意は、ものすごく欲しいライセンスがあっても決して欲しいといわないということである。
相手の持っている特許をす~っともらってくる。
あとでわかっても、どうすることもできない。
それと自分のところの持っている本当に重要な特許、それがあるから製品が売れるんだというようなものは絶対に出さないということである。
またこの著書では外国の弁護士とのつきあいについても記述している。
優秀な弁護士というのは、相手が何を考えているのかがぱっとわかるような感性を持っているそうである。
交渉ごとは、いかに自分に有利な着地点へ到達させるかということですが、そのためには自分の主張だけをしていてもどうにもならない。
そのために必要な能力の一つとして相手のねらいを見抜く能力が必要ということなのであろう。
あたりまえのことなのかもしれないが、ビジネスで勝つためにどうすればいいのかという本質を語っている一冊ではないかと思う。

[ 教訓 ]
会員制の雑誌のひとつに「テーミス」がある。
そこで気になる記事を見つけた。
高収益を誇るキャノンだが、その秘密のひとつに、コピー機があり、じつは1枚とるごとに100円がコピー機の会社にいっているのだという。
キャノンに限らずコピー機会社の多くがそのような契約を結んでいるという。
100万部を売り上げた『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の著者で公認会計士の山田真哉氏が、テレビ番組で触れたそうだ。
「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?~身近な疑問からはじめる会計学~」(光文社新書)山田真哉(著)

「キヤノンはじめコピー機業界は肝を冷やしたはずだ。実は、ここにキヤノンの高収益の秘密が凝縮されている」とテーミスは記す。
「大量消費する得意先にはディスカウントするが、多くの得意先からはモノクロ1枚で10円取れる」(関係者)
「トナーを中心とした消磨品の補給や故障時のメンテナンス対応をすべて排出枚数に置き換えて課金する、コピー機独特の契約形式の「カウンターチャージ方式」では、コピーを1枚取るごとにこの額が課金されている。
コピー機単体からプリンター、ファックス機能も付加した複合機に移行することで、さらに課金対象は広がった。
日本で稼動するコピー機の実に約90%がこの契約を結んでいる。
一般のサラリーマンには、未だにこの仕組みはほとんど知られていない。」
キャノンは'05年12月期、6期連続の増収増益を成し遂げ、ともに過去最高を更新。
連結売上高は3.7兆円弱、本業の稼ぎである営業利益は5千800億円弱を見込む。
営業利益率は実に16%弱と、御手洗冨士夫社長が就任した10年前と比較して倍以上に跳ね上がった・・・とのことだ。
さらにこう記す。
「キヤノンの成長の歴史はこの課金モデルの精緻化の歴史でもある。
家庭用のインクジェットプリンターを見てもわかるように、コピー機能、スキャナ機能までついた複合プリンターが1台2~3万円と格安で店頭に並んでいる。
一方、交換用のインクとなると1本数千円とバカ高い。
当然、純正ブランドとは異なるサードパーティが出てきてしかるべきだが、その姿は皆無だ。
それこそが、国内最大級の布陣を敷く「キヤノン特許部隊」の成果だ」
日頃からパソコンのインクジェットプリンターのインクが割高であると感じていた。
パソコン等の器機の値段は下がっているのに、インク代はまったく下がらず、「これで儲けている」と思っていたが、やっぱりそういうことだったと再認識。
すでにパソコンや周辺器機は「公共的な役割」を担う「公共財」の観がある。
こいう記事は企業の広告に頼るテレビ局はもちろんのこと、新聞、雑誌なども、ほとんどあつかわない。
広告に頼らないテーミスならだはの記事である。
会員制の雑誌にはほかに国際関係の情報を多くのせる「選択」や新潮社の「フォーサイト」などがある。
こういう雑誌も読んだりしないと、世の中のことはよくわからない。
未読の方は一度読んでみてください。
他の雑誌、週刊誌などとは違った切り口、角度から迫るユニークな記事がかなりあります。

[ 結論 ]
近年必要な戦略は、追いつけ追い越せではなく、日本発や世界初となるための戦略である。
例えとして、マラソンを考えて頂きたい。
今までの常套手段は、先頭集団に入り、ゴール近くで先頭ランナーを抜き去り、テープを切ることであった。
過去の日本企業も、こうしたレース運びで首位を獲得することが多かった。
否むしろ、80年代までの日本企業は、こうしたレース運びで欧米企業を抜き去り、世界一となることが得意であったとさえ言える。
しかしこうしたレース運びは、だんだん通用しなくなってきた。
この追いつき追い越せの戦略は、日本を追従するアジア諸国のオハコとなり、日本企業は欧米企業並みの、始めから先頭を走る、「ファーストムーバー(First-Mover)」となることが要求されてきている。
今の日本企業を見ても、ファーストムーバーが非常に元気がいい。
キヤノン、シャープ、富士写真フィルムなどのメーカーや、ヤマト運輸、セコムなどのサービス企業だ。
その典型は、デファクトスタンダードを確立して、一人勝ちするIT関連企業だ。
つまりシェアで先行する企業が、最低コスト、イメージの確立などで、市場を抑えてしまうのだ。
マイクロソフトやインテルが好例だ。
経済学的には、ネットワーク外部性(その企業製品を使っていないユーザーは、いろいろと不便が生ずる)による収穫逓増の法則(高シェアが更に追加シェアを呼ぶ事)によって、一人勝ちしてしまうと説明される。
こうしたファーストムーバーには、圧倒的にイノベーターが多く、とにかく一番手で上市(市場に一番早く商品を出す)する。
もちろんこうしたファーストムーバーには、リスクが伴っている。
それはマーケットが世界初の商品を受け入れるかどうかの「実現リスク」だ。
しかしながら、
1)この実現リスクがファーストムーバーに伴っているならば、レイトムーバー(Late-Mover、後発)には、ファーストムーバーや他のレイトムーバーとの「競争リスク」があることを忘れてはいけない。       
2)またファーストムーバーには、実現リスクに伴う失敗あるいは線香花火商品(販売したときは多少売れるが、すぐ売れなくなる)、つまり世界初の商品が市場に大きく受け入れられないリスクがあることはあるが、この失敗は、潜在化するニーズを顕在化させるという利点があり、決して無駄にはならない。
雉狩りに出かけたが、霧がかかっていて、どこに雉が居るか分からないとき、とにかく当てずっぽうでも、一発発砲してみるのだ。
シャープの初のPDA、ザウルスに先立つ電子マネジメント手帳PV-F1、ソニーの初のビデオカメラに先立って発表されたCCD-V8、スーパードライに先立ったキレ・コク・ビール等々が例である。
3)何よりもファーストムーバーには、当初競争相手がいないわけであるから、価格競争に陥らないというメリットがある。
従って、いわゆる創業者利益というものが、享受できるのだ。
そうすると、このファーストムーバーがファーストムーバーでなくなったときは、企業として危機にさらされる。
最近のソニーがその例だろう。
ファーストムーバーにとってのキーワードは、他社に先立って、始めての商品を上市するスピードであることは言うまでもない。
ソニーは他社に先駆けてベガという平面テレビのファーストムーバーになった。
この時担当エンジニアたちが、開発に2~3年が必要だと主張したのに対し、リーダーの中村末広氏は、半年での開発期間を指示した。
これでソニーはめでたくファーストムーバーになったのだが、次の薄型平面テレビではレイトムーバーになってしまったので、それからソニーの苦悩が始まったのだ。
ソニーに対する評価はこれで終わらない。
『日経ビジネス』誌の2003年11月10日号は、「背水のソニー」という記事を載せるし、米『ビジネス・ウィーク』誌も、出井伸行会長を「ワースト経営者」に選ぶなどして、追い打ちをかけるから恐い。
現代のイノベーターにとっての最大の難関は、顧客ニーズが潜在化していることである。
つまり顧客は、自分が何が欲しいのかを自覚しておらず、供給者に「あなたが欲しいのはこれでしょ?」と示されて、始めて「自分が欲しかったのはこれだ」と気づき、そこで始めて需要が生まれるのだ。
イノベーションは需要創造だと言われる所以である。
従ってイノベーターの商品開発では、商品コンセプトの設定(仮説)→実物の作成→上市→仮説の検証(マーケット・リサーチ)というプロセスを、少なくとも3回行う。
つまりマーケット・リサーチは、商品企画の段階では必要なく、実物を上市した時点で重要になる。
むしろ商品コンセプトをマーケット・リサーチ会社に調査させても、「そんな商品は売れない」という回答が殆どだという。
考えてみれば、世の中に存在しないものを市場に聞いても、答えようがないのが当たり前だ。
そうではなくて、仮説として創った商品が、本当にニーズと合っているのかを検証するのがマーケット・リサーチである。
当然その時はニーズが顕在化してないと、市場は答えようがない。
そこで浮かび上がるのが、商品コンセプトの設定(仮説)→実物の作成→上市のプロセスにおける、スピードの重要性である。
何故ソニーの中村氏が担当エンジニアの言い分を蹴って、1/4以下の開発期間を指令したのかが分かる。
仮説の検証をするには、例えモックアップでも現物がないと、ニーズは顕在化しないからだ。
失敗の有効性もここで生きてくる。
例え失敗品でも、ユーザーは現物を見ているから、ニーズは半分は顕在化する。
後は、改良型のイノベーション・プロセスを、スピードを持って”回転”させて、仮説に修正を重ね、ニーズと合うようにするのだ。
こうした”失敗商品”を「おとり商品(decoy product)」という。
おとり商品は、デファクトスタンダードとするために、創られることもある。
ソニーが時々、VTRでのベータ・モデルに懲りて、デファクトとするための、おとり商品を発表するのがその例だ。
キヤノンはLBP(レーザービーム・プリンター)のファーストムーバーとなったお陰で、その成長率と利益率は、競争他社を圧倒することとなった。
しかし開発リーダーの故北村喬氏は、いずれ他社が追従してくることを推測し、どのように参入障壁を築くかに悩んでいた。
そして得た結論は、「技術開発で先行する」であった。
氏はその先行期間が2年以上であれば、参入障壁足りうることを確信した。
つまりライバルがある技術レベルまで来たときには、キヤノンはさらに2年先のレベルにまで進化しているということだ。
加えてキヤノンでは、丸島儀一氏ひきいる特許部隊が能動的に動き、”特許の壁”を築いたのだ。
キヤノンの特許戦略は、特許部隊が商品開発に積極的に参加し、自社の個別特許をシステマチックに幾重にも登録し、ライバルに真似されるスキを与えなかったのだ。
この時間差、すなわちスピードによる参入障壁の構築は、かのインテル社も活用している。
日本メーカーによるDRAM(記憶集積回路)攻勢戦略によって、インテル社の地位が危なくなったとき、インテル社はMPU(演算処理集積回路)のイノベーションによって、集積回路ナンバー・ワンの地位を取り返したことは、よく知られているが、その後のライバルの攻略に対し、常に技術の先行性と価格の低設定によって、首位の地位を守っている。
従来戦略上のスピードの重要性は、特にサプライチェーン上において指摘されてきた。
典型的な例は、オーダーエントリーシステム、すなわち、発注→受注処理→仕分け・小分け→配送・納入のサイクルの短時間化である。
このサイクルが速くなればなるほど、在庫量が減り、顧客満足度も高まる。
あるいはビールのような生鮮飲食料では、新鮮度(品質)が高まる。
つまり低コスト化・高品質化 への貢献だ。
しかしこうしたスピードという要素が、イノベーションという価値創造プロセスにおいても重要であることが分かってきた。
高付加価値化のためには、いくら時間をかけてもいいというわけには行かないのだ。

[ コメント ]
イノベーションにおけるスピードの重要性は、これまでの説明で分かったように、
1)初の商品が市場で売れるまでのスピード:市場の受容速度
2)初の商品がライバルに真似されない為のスピード:競争障壁構築の速度
の2つにまとめることができる。つまり市場の受容度と競争障壁の構築において、スピードという要素が、重要な役割を演じるのだ。
そしてこのスピードは、サプライチェーンにおけるものと異なって、市場の評価・社会的潮流→商品・事業コンセプトへの結晶化→商品化技術の開発という流れである、「デマンドチェーン」とも言うべき一連のプロセスと、大きく関連している。
単なるひらめきの速さや、技術開発のスピードだけを言っているのではない。
一言で言えば、「他社に真似されない新しい価値創造のスピード」のことを言っているのである。
これはサプライチェーンの狙いである、効率アップ、コストダウンとは根本的に異なるものであり、こうした内部的なことと言うよりも、むしろ市場との接点における密着性や、ライバルとの差別化に深く関連する、対外的なものなのである。
「日本発」が日本復活の要と言われるように、イノベーション・マネジメントが日本企業の経営上の鍵となり、スピードあるイノベーションが、このマネジメント上留意すべき極めて重要なファクターであることを、各社は肝に銘ずべきなのである。

9.参考記事

<書評を書く5つのポイント>
1)その本を手にしたことのない人でもわかるように書く。

2)作者の他の作品との比較や、刊行された時代背景(災害や社会的な出来事など)について考えてみる。

3)その本の魅力的な点だけでなく、批判的な点も書いてよい。ただし、かならず客観的で論理的な理由を書く。好き嫌いという感情だけで書かない。

4)ポイントを絞って深く書く。

5)「本の概要→今回の書評で取り上げるポイント→そのポイントを取り上げ、評価する理由→まとめ」という流れがおすすめ。

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【新書が好き】スラスラ書ける!ビジネス文書
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【新書が好き】宇宙人としての生き方
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【新書が好き】科学者が見つけた「人を惹きつける」文章方程式
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【新書が好き】奇妙な情熱にかられて
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【新書が好き】科学者という仕事
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【新書が好き】男女交際進化論
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【新書が好き】「弱者」とはだれか
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【新書が好き】言語の脳科学
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【新書が好き】現場主義の知的生産法
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【新書が好き】自動販売機の文化史
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【新書が好き】サブリミナル・マインド
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【新書が好き】かなり気がかりな日本語
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【新書が好き】悪の対話術
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【新書が好き】知識経営のすすめ
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