田舎の若者と年配者と関係性
考えてみれば、私も56歳になって、子供達にも恵まれて、孫も4人となり、ベテランといより年配者の部類に入っているんじゃないかなと思っている。しかし、私の父、母も80過ぎても健在で一つ屋根の下で暮らし、テレビドラマで見るような、幸せ家族みたいな雰囲気ではないが、顔の見える距離感、其処に居る空気感で、なんとなく安心感を持ち、一日の内に会話が無くても、まあ、其処に居るから良いかあと思いながら暮らしている。家族の暮らしってこんな平凡な形で良いのだろうとも思っている。
しかし、仕事となると、家業を父から承継した身なので、父・母に口出しされるのは、良い感じがしない、相談した時に助言してくれる位の距離感がほしいと偶に思う、言ってみれば我がままなのかも知れないが、まあ、人間なんて皆そうだろうと思っている。
昨今は、若い人たちや行政等々が少子高齢化になった地方の対策として、移住政策・大学生との連携・コンサル等が来てくれて様々な対策をしてくれているので元気になり有難いとも感じている。
今の地方は少子高齢化でお年寄りが多い、だから、若者がサポートして、お年寄りが活躍できる場をつくろうとか、一緒に頑張ろうとか様々なイベントが企画され活性化していく地域もある。よくよく考えるとそれで良いのか?
会社だと、この考えは逆になる、若者を目上の者が育てサポートし、一人前になった時に、仕事を任せ、上司がサポートし会社を盛り上げ、歳を取ったら定年して、会社を去る、そうして、継続していく組織を作っている。
まちづくりの観点からだと、会社の考え方とは真逆になっている。
この真逆の構造は、社会的弱者、社会福祉や教育には向いている、まちづくりは、福祉・教育、外交・経済を混合して考えているから、へんな構造になっているのではないだろうか?
経済活動や外交においては、元気なお年寄りが、若者が活躍できるようにサポートする側になる組織体制を、考えなければ成らないと思う
逆に、福祉・教育など社会的弱者(高齢者=社会的弱者ではない)が存在する分野は、若者、元気なお年寄り関係なくサポート側にならなければ、まちづくりの形はできない。
自立できる可能性があるのは、経済活動であり、それが、町を支える役割を行い、自立は出来ないが、自律心をもって、福祉・教育・外交は、町全体・税金等で支えるまちづくりを考えなければ成らないと思う。
経済活動にも、ある程度の税金投入は必要ですが、これは、自立する為の初期投資的役割を果たすべきで、設備投資等ハード部門に重点を置き税金を入れるべきではと思っている、
世の流れは、箱もの代表とするハード事業への税金投入は悪だという風潮が有りますが、これは間違い、ハードが悪いのではなく、その箱の中で働いている人たちが、税金を使う為にどうしたら補助金を引っ張る事が出来るかばかり考えていて、売上を上げる事をおろそかにしているだけである、悪いのは、行政に依存しすぎる人であり、箱ものではないのです。
まあ今回はこんな少し辛口で終わりにしようかと、想い乍ら、昨今ブームになりつつ日本全国の地方自治体が興味をもつ、ワーケーションという造語が今後どのような形で発展していくのか、興味深々、人に来てもらう為に、宿泊費とか滞在期間中の割引制度を導入する地方自治体続出するでしょうね、それをマネージメントと考えている人が居る以上、地方は復活しないと私は予想している。俺は、ハードに補助金を活用する方法を取るべきだと考えているけどね、どちらが正解なのかは、解らない。頑張れる人が多い町が成功するのは間違いないけど
それでは又。
宜しければ、サポートよろしくお願いします。 私達の田舎の自然を残す取組みに使わせて頂きます。