[#12] 21世紀のパーソナルコンピューティング
初出: MacPower 2001年 6月号
前回はMac OS Xに対する不満爆発の第一弾として、既存のシステムとの違和感や変わりすぎたことを主題に話をした。今回はそれと矛盾するテーマになるが、「変わりすぎなかったこと」について考えてみよう。
これはどういうことか? Mac OSもWindowsもLinuxのGUI環境も、大きく分ければ同じ系統のウィンドウシステムだ。使いやすさや機能に差はあるとはいえ、ウィンドウやメニュー、ボタンといった同じような要素から構成されたGUIによって、似たような機能を提供している。そしてOS Xも、まさにこのくくりに含まれてしまう。初代Macの登場でCUIからGUIの時代へ突入したような、劇的な変化というものをOS Xに感じることはできない。OS Xは、いままでのパーソナルコンピューターから大きな意味で何も変わっていないのだ。
なぜ、劇的な変化を期待するのか。最初にAquaが登場した2000年1月のサンフランシスコのエキスポで、ジョブズがそう言ったからだ。Aquaは単に上っ面をきれいにしただけではない、これまでとは次元が違うインターフェースの実現を目指して頑張っている、と。オレはこれまでのMac OSに満足していた。だが、そこまで言うなら信じようじゃないか。だまされていることを百も承知で、ジョブズを信じることにした。
しかし、製品版が出来上がってみるとどうだ。まさに上っ面をきれいにしただけのOSじゃないか(笑)! 何が新しいレベルなのだろうか?一体何を目指したのかがまったくわからない [*1]。オレは、これまでのパーソナルコンピューティングを変えるような画期的な進化を期待していた。既存の技術を寄せ集めてパッケージ化しただけで、「新しくなった!」と叫ぶOSを望んでいたわけではないのだ。
では、ユーザーのパソコン生活を変えるような革新的な進化とはどういうものだろうか?簡単に語れる話ではないが、ヒントは至るところに転がっている。その断片をつなぎ合わせて、来るべきパーソナルコンピューティングの新しい世界について考えてみよう。
最初のヒントはPDAだ。いまやPDAといえばPalmの天下。Palmが支持を集めている理由は、携帯性や起動の速さ、情報を手軽に持ち運べるという点などいろいろある。中でも概念として重要だと思えるのは、ファイルがないということだ。これはPalm OSが手本にしたNewton OS譲りの概念 [*2]で、OSがファイルシステムの代わりに簡単なデータベースシステムを用意することで実現している。そのためPalm用のアプリケーションは、簡単な操作でシステム内に固有のデータベースを作ることができる。
現在のパソコン環境では確かに、ファイルがないとまずいことは目に見えている。でも、ファイルが不要な場面も増えているのだ。前回否定はしたが、OS XにおけるFinderのブラウザー化にもそういった状況が反映されているように思える。ならばOSは、もっと本質的に変わるべきではないか。ファイルに依存するのではなく、データベースをシステムの中心に据える。そしてアプリケーションは、OS標準のデータベースシステムの上で個々にデータを管理する。
例えば電子メール。メーラーが作るデータであるメッセージは通常、ほかのメーラーと互換性がない状態で保存される。もしOSが標準でデータベースシステムをサポートすれば、こうした問題も解決する。つまり、別のアプリケーションからデータを利用しやすくなるというメリットがあるのだ。
例えばデジカメの画像。いまのファイルベースの考え方では、ファイルには必ず固有の名前が付いている。果たしてこれは必要なことなのか。デジカメデータでは、ファイル名よりも閲覧用の小さい画面と撮影した日付のほうが大事な情報だ。データ中心の考え方からすれば、それらを確認できるブラウザーを開発することがユーザーのためになるだろう。データベースを使えば個々のデータに名前は不要だ。必要であれば、ユーザーがあとから付ければいい。
さて、もう1つのヒントは「Knowledge Navigator」にある。いまとなってはかしい言葉だが、スカリー CEO時代のアップルが掲げた次世代コンピューティングの1つの姿だ。これはコンセプトビデオとして発表され、その中で'80年代の終わりに考えられた21世紀が描かれている。Knowledge Navigatorは電子秘書によって情報を管理し、ユーザーに対しては必要な情報だけを提示するコンピューターという位置づけになっている。
次世代コンピューティングが目指すべき未来が、Knowledge Navigatorかどうかを判断することは難しい。それでもユーザーが本当に気楽に使えるコンピューターを実現するには、Knowledge Navigatorのようにデータの存在を意識せずに済む必要があると思う。現在のパソコンでは、データはユーザー自身が管理するものだ。将来のパソコンは、そうあるべきではないだろう。
データは勝手に管理される。ユーザーは、使いたいときにエージェントの力を借りて目的のものを探し出す。OSレベルでのデータベースのサポートはその助けとなるわけだ。
現在のパソコンの延長線上にはKnowledge Navigatorの姿は見えてこない。どちらかというと、PDAの延長線上にある感じだ。パソコンがKnowledge Navigatorを目指すなら、PDAへの歩み寄りが必要だろう。PDAがパワフルになってパソコン並みの機能を持つのではなく、パソコンがコンセプトを変える必要があるのだ。21世紀に登場したOS Xは、20世紀の技術を集大成したOSなのかもしれない。しかし、Knowledge Navigatorとは対極にあるものだ。そこに未来は感じられない。
バスケ
シエスタウェア代表取締役。現実的ではないことは百も承知だけど、アップルにはいつも期待を持たせてほしい。「Macの感動、Newtonの感動をもう一度!」なのだ。想像できる範囲で使いやすくなっても、うれしいけど感動はしないぞ。JISキーボードのバカヤロー。
[*1] まったくわからない - ジョブズが目指したのは、デモするときに受けがいい機能だろう。だが、アップルとしてはそれだけで済ませてほしくない。
[*2] Palm OSが手本にしたNewton OS願りの概念 - 電子手帳などがすでに採用していた概念だが、それをAPIとして実現した最初の製品は恐らくNewtonだ。
編集・三村晋一