見出し画像

[#1] Macの話をしようじゃないか

初出: MacPower 2000年 7月号

Mac OS Xの発売延期に関する各ニュース媒体の否定的な取り上げ方を見ると、どうも実際の製品開発に携わっているデベロッパ一の捉え方との間に違いがあり驚いてしまう。「夏にリリースするMac OS Xはパブリック・ベータとし、正式なバージョン1.0の出荷は来年1月とする」。5月のWWDC(世界開発者会議)の基調講演で、米アップル社のスティーブ・ジョブズCEOはこう発表した。参加していたデベロッパーの多くは大きな拍手でこの発言を受け止めた。それは、デベロッパーの意見がMac OS Xに反映される猶予期間が延びたことへの安堵の声だったように思う。会場にいたオレにはそう聞こえた。

もちろん、Mac OS Xの発売延期でビジネスチャンスを逃すサードバーティーがいることも理解できる。しかし申し訳ないが、Mac OS Xへ移行するということはもっと重大なことなのだ。オレたちデベロッパーだってMacユーザーだ。Mac OS Xが本当に使えるものならいいが、使えないものになる可能性だってある。そうなれば日常生活にも支障が出る。そこをもっと真剣に考えなければいけない。

Mac OS Xの中身は、従来のMac OSとはまったく違う、UNIXに近い構造を持ったモダンOSと呼ばれるものだ。ユーザーインターフェースも「Aqua」というまったく新しいデザインになり、これまでとは違う手触りのものになってしまった。既存のアプリケーションもそのままじゃ動かない。

さて質問。Macってなんだろう?これだけ既存のMac OSと異なるOSを、Macと呼べるのだろうか? 答えの鍵は、アップル社のエンジニアにある。Mac OS Xはたとえ見た目は違っても、現在のMac OSを作ってきた開発者が作っていれば、それと同様の使い心地が期待できる。だから、Macと呼べるのではないか。

とはいえ、かつてのネクストソフトウエア社の「OPENSTEP[*1]」だって米Be社の「Be OS」だって、Macを作った人たちが多数参加して開発されたOSだ。だが、その使い勝手や手触りはMac OSとは大きく異なる。開発者が同じでも、目指すところが違えば別のものが出来上がるのだ。そういう意味で、アップル社の開発陣は、本当にいまのMac OSと同じものを目指してくれているのか?

少し心配なのは、ネクストソフトウェア社からやってきたエンジニアだ。彼らはMac OS Xの基盤である「Darwin」を担当しているが、OPENSTEPに通じるユーザーインターフェースデザインをもMac OS Xに持ち込もうとしているように思える。例えばMac OS XのFinderは、Carbon APIを使ってイチから書き直しているので、ネクストソフトウェア社時代のコードは一切使用していないはずだ。だが、その仕上がりはOPENSTEPのファイル管理ソフト「Workspace Manager」に酷似している。一体なぜだ?

彼らには、「Mac OS X="Classic" Mac OS+OPENSTEP」という意識があるのだろう。しかし、それは大きな間違いだ。Mac OS Xは純粋にMac OSでなければならない。

Aquaの登場によって本来の姿が曖昧になってしまったが、Mac OS Xはもともと「見た目はMac OS、裏ではモダンOS」という設計思想だったはずだ。現行Mac OSが、安定性などの点でほかのOSに劣ることは認める。だがユーザーインターフェースに関しては、これほど直感的に扱える操作体系を備えたOSはほかにはないと断言できる。

そもそも、OPENSTEPのユーザーインターフェースには「理論的にはこっちのほうが使いやすいはずだ」「例外は許さないぞ」といった理路整然とした堅苦しさがある。そういう操作体系を選ぶ人がいることはわかるが、Macユーザーはそれを選択しなかったのだ。

「Macとは何か?」の問いを別の視点から考えてみると、現在のMacユーザーが選ぶOSという答えもありだと思う。そうなると、Mac OS XがいまのMacユーザーを満足させるだけのものを備えていなければ、それはMac OSとは言えない。ユーザーに支持され、開発者によって歓迎されたOSがMac OSなのだ。

Mac OS Xが進化するためにはユーザーも一緒に進化する必要があるということだ。Mac OS Xの見た目の派手さに惑わされずに、新しいユーザーインターフェースの持つ本質的な機能や便利さ、それがもたらす将来を見渡す努力がユーザーにも必要になる。「Genie」エフェクト[*2]などは、すぐに飽きてしまうことは明らかだ。ぼやぼやしてると、商売人ジョブズの戦略に取り込まれてしまうぞ。

オレたち開発者には、ユーザーインターフエースも含めてかなり出来上がっているMac OS XのDeveloper Preview4(DP4)が配布された。1つ前のバージョンのDP3に比べて格段によくなっている。これは、文句をたくさん言ったサードパーティーの開発者たちの声が反映されているということだ。毎年、金を払ってアップル社に開発者登録をしているオレらには、文句を言う権利があるのだ。

この夏、ユーザーにも新しいMac OSを作る過程に参加できる最高の機会が与えられる。そう、アップル社がパブリック・ベータを公開するからだ。これはつまり、誰もが公然とアップル社に文句を言い、リクエストを出す権利が与えられることを意味する。こんなチャンスを逃してはならない。期間は決して長くはないぞ。アップル社は、すぐに機能をフィックスして年明けの正式版に備え始める。それでも「文句」を言おう!それだけがMac OSを進化させる正しい道だ。オレたち開発者は、そうやってMacを変えてきたのだ。

バスケ
シエスタウェア代表取締役。GUIって、要は設計思想なんだよね。だから、その思想もレベルアップしないとGUIの進化はあり得ない。思想がないのに、パーツだけほかから借りてきたってなんも意味はないんだぜい。

[*1] OPENSTEP ネクストソフトウェア社が開発したOS・開発環境のこと。OPENSTEPを含む同社の技術は、'96年に会社ごとアップル社に買収された。

[*2][Genie」エフェクト「アラジンと魔法のランプ」のランプの精 (Genie)がランプを出入りするかのようにウィンドウがDockを出入りする。

編集・三村晋一

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?