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[#2] 何をデフォルトにするかが問題だ

初出: MacPower 2000年 8月号

ちょっと古い話になるが、この春に米マイクロソフト社製のWebブラウザー「Internet Explorer 5」のMac版が登場した。そのクールな見た目や安定した動作にもかかわらず、オレはものすごい違和感を覚えた。文字の表示サイズがデカかったのだ。同じWebページを見ても、Mac版とWindows版のInternet Explorerでは表示される文字の大きさが違ってしまう。マイクロソフト社はこの問題を解決するために、それまで72dpiを標準としていたフォントの解像度を突然96dpiに変更したのだ。

従来の文字の大きさに慣れてしまっているユーザーは、設定を元の72dpiに戻しただろう。だが、気にならないユーザーやこれからInternet Explorerを使い始める人にとっては、これが普通の大きさになる。うまい。パージョンアップ時にさりげなく標準設定を変更してしまうとは、タイミングが絶妙だ。

この例のように、アプリケーションにおけるデフォルト[*1]を何にするかは非常に重要だ。そのソフトの一生を決めてしまうぐらい大事なものだろう。「何でよ?設定なんてあとからいくらでも変えられるんだから、最初はどうだっていいじゃない」。そんな声が聞こえてきそうだが、果たしてそうか?
Macのハードディスクの名称が、世の中でどれだけ「Macintosh HD」のままになっていることか。ビープ音を「Sosumi」に変えたら、それだけでオフィスの中で自分のマシンが浮いてしまう。それ相応の理由がない限りは、デフォルトを変更しないのが実状ではないか?特に、iMacの登場以降はカスタマイズに凝るユーザーが減り、そういった傾向が強くなった。というわけで、デフォルトの意味はよりいっそう重くなっているのだ。

しかし、開発者が何をデフォルトにするのか真剣に考えて決めているかというと、そうでもない。実際、オレがデベロッパーとして接したソフトの中にも、デフォルトの値まで頭が回っていないなと感じられるものがしばしばある。項目が多く、何でもかんでも設定できる仕様になっているソフトに限って、なぜかそうなのだ。

一般に、競合相手がいるソフトはそれまでの慣習に従ってデフォルトを決めることが多い。だが、自社の都合を広めるためにデフォルトの値を戦略的にうまく利用する例もある。 Internet Explorer 5だけでなく、同じくマイクロソフト社の製品である「Outlook Express」にもそういった事例があった。同メールソフトは以前、電子メール本文のフォマットはテキストにするという慣習を無視して、HTMLをデフォルトにしていたのだ。

しかし、業界全体である程度の標準が固まっている場合には、ほかと違う動作をする製品は煙たがられる。Outlook Expressは結局、現在のバージョンでHTMLをデフォルトにすることをやめている。「Netscape Communicator」がもっとしっかりしたWebブラウザーであれば、恐らくInternet Explorer 5も先の例のような冒険に出ることはできなかったはずだ。すでにMacのWebブラウザーは、Internet Explorerが標準と言えるほど定着している。Internet Explorerのデフォルトは、今後もマイクロソフト社の都合が幅を利かせることになるのだろう。

ところで、デフォルトと密接な関係にあるものといえばウィザード[*2]だ。これは、「わからないことはユーザーに聞け!」というインターフェースだと言える。言葉自体はWindowsから生まれたもので、Macでは一般に「アシスタント」と呼ばれている。マシンを買ってきてすぐにユーザーが入力する個人情報など、デベロッパーがデフォルトの値を決めることが困難な場面では効果的に使えるインターフェースだ。特に、ネットワークなどそもそも設定が低レベルな場合には有効と言える。それは認めよう。

しかし最近では、何でもかんでもウィザード化してユーザーに設定させるソフトが多過ぎる。Macのプログラムは本来、お伺いを立てることなくユーザーにとって心地よく動作することが求められていた。つまり、「よきにはからえ」でうまく働いてくれるソフトが重宝されていたのだ。だから、ソフトからユーザーへの質問は最低限にとどめなくてはならなかった。それが成り立たずにウィザードが多用されているということは、最近のソフトがターゲットとするユーザーの範囲を広げ過ぎている証拠ではないか?

さて、先月に引き続き話はまたMac OS Xだ。これからアップル社はこの新しいOSのさまざまなデフォルトを確定する。それは誰をターゲットにして決められるのだろうか?Mac OS Xに真っ先に飛び付くユーザーは、既存のMac OSを使っていてなおかつ新しいものが好きな人たちだろう。オレは、彼らがこの夏登場するパブリック・ベータに対してどんな評価を下すのか非常に注目している。これまでのMac OS Xのデモで見る限り、Mac OS Xは従来のユーザー・エクスペリエンスと相容れない新機能をたくさん搭載している。「これでもか」と新機能を誇示されると、逆に既存のMacユーザーは拒絶するのではないだろうか。オレは、そんなふうに悲観的に考えてしまう。

既存ユーザーを納得させるためには、いままでと同じようにMacを操作できる「互換モード」を用意するという手もあるだろう。しかしそれよりも、アップル社は新機能をデフォルトではあえて隠す勇気を持ってくれてもいいのではないか。見た目は新しくなっても機能面ではいままでのMac OSと同じ。でも、使っていくうちに「なんだ、実はこんな使い方もできるんだ」という感動が味わえる……。Mac OS Xは、そういったユーザー・エクスペリエンスを提供するOSであってほしい。そのためにも、Mac OS Xの主なターゲットは従来からのMacユーザーにしてくれ!頼むぞ、アップル!

バスケ
Mac関連ソフトのデベロッパーで、シエスタウェア代表取締役。「デフォルト」って、コンピューターを扱っていると普通に使っちゃう。でも、普通の友達に言ってしまい「あー、コンピューター用語なのかぁ」と実感しちゃいます。便利な言葉なのになあ。

[*1] デフォルトーソフトウェアで何らかの設定を行うときに、最初に設定してある値。ユーザーが全部の項目を設定する手間を省き使い勝手を向上させる。

[*2]ウィザード英語で「魔法使い」の意味。連続したダイアログボックスによって操作や設定を半自動化して行う機能を指す。

編集・三村晋一


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