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エンズヴィル復刻ストーリー

エンズヴィルとは、ダイコーが世に送り出したバスロッド。60年余の蓄積されたロッドメイキング技術により、バスロッドとしてあるべき姿の頂点に触れた、ハイエンドバスロッド。そのエンズヴィルの復刻に挑んだバスアングラーのストーリー。

”バスフィッシング”(魚釣りではない)との出会い

「なぜ、エンズヴィルを復刻しなければならないのか」。このことをお話しする前に、「バスフィッシング」との出会いについてお話しておく必要があります。それは、いわゆる「魚釣り」ではなく、「バスフィッシング」との出会いの話です。

1990年代の空前のバス釣りブーム。そのブームに乗り、初めてバスロッドを手にしました。ルアー釣りというアイテムを駆使して行うというスマートなスタイルにはまり、その翌年にはボート免許を取得し、琵琶湖を中心とし釣行を重ねました。

当時は、「シークレット」を中心とした釣り方がブームで、それが「バス釣り」のすべてとの理解のもと、チャプタートーナメントに、そしてJBトーナメントに出場しました。

しかし、初めて参加したJBトーナメントでは、ブーム全盛期ということもあり、1000人近くがエントリーするものとなり、その競技性に疑問を抱き、正直戸惑いと失望を感じざるを得ませんでした。

その”迷い”は増幅し、初めてのトーナメント参戦の後、すぐにバスボートを手放し、アメリカのトーナメントへの出場を計画しました。2000年当時、まだ日本からの参戦が今ほどメジャーではなかった頃、単身でのB.A.S.Sインビテーショナルトーメント出場は、様々な苦労と困難を極めました。(この時の話は、「アメリカ行きのBASSに乗って」で詳しくレポート)

B.A.S.Sトーナメントの翌年には、トーナメントで同船したプロを訪ね、カリフォルニア・デルタでの釣りを経験。こうした本場のバスフィッシングによって、日本のブームに乗っただけの自分のバス釣りに対する概念が変えられるのは容易いものでした。

バス釣りは、”ハンティング”である

アメリカのトーナメントでは、2名乗船でトーナメントを行います。トーナメント2日目のパートナーであるマーク・カイルと乗船しているとき、ライフルの音とともに水辺にいたカモが飛び立ちました。マークは、ロッドをライフルの様に構えて、飛び立つカモを打つしぐさをし「ハンティングだ」といいました。そして、そのまま水面にロッドを向け、また打つしぐさをしました。「バス釣りもハンティングだ。狙った魚をライフルで打つように釣るんだ」といいました。

日本古来の「釣り」は、「餌を付けて待つ」釣り。広大なフイールドを前提とするアメリカでは「待つ釣り」など現実的ではありません。支流まで含めると関東平野ほどの広さを誇るカリフォルニア・デルタでは、こうした戦略の重要性をさらに体感しました。

こうした一連の経験が、バス釣りに人生を捧げることとなった要因ともいえます。日本で釣りを行うにあたって、戦略中心の釣り、ゲーム性を極めた釣りをしたいという思いが募る一方でした。そして、琵琶湖を離れ、リザーバー中心の釣りを始めることにしたのです。

ノーフィッシュの連続と試練

将来的には、アメリカを中心としたバス釣り活動を行いたい。そのためには、サラリーマンではダメ。もっと自由でなければならない。将来的な独立を見据え安定した企業を退職し、ベンチャー企業に転職してから5年、独立するに至りました。このころは、ただバス釣りを極めたい一心で、自分がロッド作りを始めるとは夢にも考えていませんでした。釣りバカが、バカをこじらせ始めた頃でした。

トーナメントではなく、バス釣りというゲームを極めたい。琵琶湖を離れ、関西屈指のリザーバーをメインとした釣りは、自分にとって試練そのものでした。とにかく全然釣れなかった。アメリカで感じ取ったハンティングの精神を貫く決心だったが、サカナの反応が得られない時間が続くと、根拠もなくライトリグでエサ釣りのようなことを始めてしまう。そんな弱さを封印するため、ベイトロッドだけを積み込むという枷を自分自身に与えました。これは明らかに自分の弱さゆえの決断でした。

そして、その状況の打開のため、あらゆる考えを尽くしました。しかし、それでも、何をどう狙い、どう組み立てればいいのか全くつかめませんでした。道具のせいにしたいからなのか、タックルをいくつも変えました。数々のプロモデルを経て、そして遂にエンズヴィルを手にするに至りました。

エンズヴィルとの出会い

それは、偶然に経験を積み上げられた時期と、エンズヴィルを手にした時期を同じくしたのかもしれません。しかし、「投げる、掛ける、寄せる」の一連の動作にリズムのようなものが生まれたように感じたのは事実でした。

ストラクチャーとシーズナルパターンを軸にした戦略を実践するとき、「何か釣れる気がする」という感覚を手にすることができました。イメージと同調するアプローチがそこにあった。そして、あきらかに釣果が変わっていったのです。

この道具は、自分をあきらかに成長させてくれた。釣果がそれを証明してくれていました。このロッドは、ルアーとサカナを繋ぐ「ルアー釣り」という本質を体感させてくれたといっても過言ではない。まさに、右腕となるパートナーを手にした感覚でした。

エンズヴィル復刻に向けて

自分にとっての「バス釣り」との向き合い方を感じ始め、ようやくコンスタントにグッドサイズを手にすることができるようになったころ、衝撃的なニュースを目にします。エンズヴィルの生産元であるダイコー社の釣り事業撤退。

だからといって、今使っている道具まで取り上げられるわけではない。使い続ければいいじゃないか、と納得させる自分がいました。しかし、使い続けたいという思いと、そうはいっても、もう先がないという思いが交錯します。

一度は、思い切って他のロッドを手にしましたが、やはりあの感覚を体感することはできました。こうした他のロッドを使用する行為は、やはりエンズヴィルしかないという思いを改めて実感させるに過ぎませんでした。そして、2017年のあの日、電話を手にしていたのです。

釣り事業の撤退は、事業の売却や他社での事業継続もなく、完全な撤退であることを確認。復刻の予定は皆無で、他での生産の予定もなく、エンズヴィルが、もう世に出ることがないことを改めて実感しました。

バカはこじらせると質が悪い

どこにも引き継ぐ予定はないのならば、自分にやらせてほしい。そうお願いしましたが、当初の回答は全くもってNG。完全撤退であることを伝えられるのみでした。しかし、バカはこじらせると質が悪い。定期的に連絡を取り続け、どうしても復刻させたいと話し続けました。

始めての電話から1年以上が経過したとき、ついに商標切れの期日と商標継続しない意志を伝えられ、その後、商標を取得し開発することについて許可をいただくことができました。

しかし、エンズヴィルを復刻するための重要な条件が、もうひとつあります。それは、当時の職人(製法・品質管理)の手によるものでなければならないということ。大分にある工場に連絡しOEM開発をお願いしました。実際に足を運び思いを伝え、そしてついに協力していただけることとなりました。

1990年台のバス釣りブーム以前から、ブランク設計に携わっているブランクスエンジニアの方との話もでき、復刻に向け技術的な問題がないことを確認しました。バス釣りに関しては、めっぽうやるばっかりで、ロッド製作においては全くの素人の立場あった自分は、右も左もわからない状況の中、多くの方に助けて頂き、ようやく復刻の歩みを進めたのでした。

そして、コロナ禍を経て、ついに2021年8月、製品版の復刻第一弾のリリースにこぎつけることができました。そのとき、初めて電話を手にした、あの時から6年余りの時間が経過していました。

メイド・イン・ジャパンの魂

大分の工場をはじめて見学させて頂いたときの感動は忘れることができません。ブランクス素材の徹底した管理と製法。ブランク設計士によるブランク成形。手作業によるアセンブリ。徹底した品質管理。まさにそこには、ロッド作りの歴史とメイドインジャパンの魂がありました。

軸の数が積み上げてきた製竿の歴史を物語る

バス釣りブームの頃、豪華な装飾が一斉を風靡しました。振り返ってみれば、機能性よりも見た目重視といっても過言ではなかったでしょう。そして、軽量・高感度ブーム。当時を振り返り、耐久性とのギリギリの争いだったと振り返っておられました。

そのより戻しか、釣り本来の姿を追求したモデルがリリースされます。強い竿、曲がる竿の先がけとなったモデル。従来の軽量・高感度モデルとは一線を画するモデル故に、当時は賛否両論あったといいます。しかし、それはロッドとしての役割を再定義したモデルだったといえます。

ほとんどの工程を職人の手作業で実施

軽量・高感度だけではない、強く曲がる竿は、新たなスタンダードとして、定着していきます。そして、当時の技術と理論の集大成としてエンズヴィルは誕生しました。それは、バスロッドのあるべき姿の頂点に触れたといっても過言ではありません。誤解を恐れずいうと「その後は、エンズヴィルの派生、もしくは穴埋めでしかない」。

普遍的なものとして位置づけられる完成度の高さ。だからこそ、過去も、現代も、これからも使い続けることができる。60年に及ぶロッド製作の技術と歴史が生み出した集大成ともいえるロッド。束の間であったとはいえ、バスロッドのあるべき姿に触れたロッド。このロッドの系譜を途絶えさせる訳にはいかない。

ショートバイトをフックセットに持ち込める感度とハリ。曲がって寄せるための柔軟性と剛性のバランス。エンズヴィルをすでに体感している人も、これからバス釣りを極めたいと思っている人にも、これからもずっと使い続けてもらいたい。復刻に馳せる思いは、この一点に尽きるのです。

今では、正直、えらいことを始めてしまった、という思いはあります。しかし、今の日本におけるバス釣り市場においては、決して誕生しえないであろう完成度と、それを裏付ける使用感。それは、真のコンストパフォーマンスを発揮している、稀なロッドであるといえます。エンズヴィルは、バス釣りに魅了された、すべてのアングラーに手にしてほしい、今後も残すべき系譜のひとつなのです。


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