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ステージマネジメントにしひがし#6 - Deputy Stage Manager編 Part 1

イギリスにおけるステージ・マネジメントで最もユニークなのが、Deputy Stage Manager(通称DSM)の存在です。アメリカではその役割がステージ・マネージャーとASMに分散されていたり、イベント業界では Show Caller という別の名前の近しい役割が存在したり、やっぱり少し変わっています。変わっているけれど、とても重要でとっても面白いのがDSM。今回はこちらを掘り下げていきます。

DSM=演出助手?

Deputy Stage Manager は直訳すると「舞台副監督」とでもなるのでしょうが、実際には舞台監督(Stage Manager)の補佐というよりは、独立した使命(ちょっと大げさですが)をもっています。特に小屋入りするまでの期間は、DSMはステージ・マネジメントチームの中で唯一「常に稽古場にいる人」なので、チームから離れて過ごすことも多いです。ヒエラルキーとしてかくとステージ・マネージャーの下になりますが、実際は上下関係というよりも、ステージ・マネージャーとは違う責任を持って横並びでカンパニーを支えている、というような位置づけです。

DSMの特徴として、演出家とすごく近いところで仕事をする、という点があげられます。稽古場での席順も、DSMは演出家の隣に座ることが多いです。大きなカンパニーならば、Assistant Director(直訳すると演出助手)という「演出面で演出家をサポートする人」が演出家とDSMの間に座る場合もありますが、そうでなければキャストと演出家が真剣勝負する稽古場において演出家をアシストするのはDSMの役割です。稽古と休憩のタイムキープもするし、とっさの調べものを手伝ったりもします。(もちろん演出ばかりでなくキャストのケアもします。)なので、直接的にクリエイティブに関わることはほとんどないものの、DSMの稽古場における役割は日本でいう「演出助手」と表現すると、一番しっくりくるのかもしれません。

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稽古場と外をつなぐ稽古場の番人

リハーサル期間中のDSMのミッションは「稽古場と他のチームをつなぐコミュニケーションの要になる」ことです。上述のとおり、リハーサル期間中DSMは常に稽古場にいて、リハーサルに出席します。音楽監督と歌を練習するだけの稽古だとか、発音コーチと方言の練習をするだけの稽古などでない限り常に、少なくとも演出家が関わるような稽古にはすべてです。それは演出家ぽろっと言う「他の部門に関わるようなこと」を聞き逃さないためだったりします。

稽古は情報の宝庫です。直接的なものでは例えば、演出家が「ここでダニーはかばんを持って登場する。そうすればこのあとのシーンで使う小道具を持っていられるよね?」とか、「この2人の会話の後ろでじゃあ君たちは朝食を食べているっていうのはどうかな。用意できる?」ということを言うとします。最初の発言は、衣装部にかばんを用意してもらうことになるし、その際にASM(または小道具部門)と連携して、他の小道具がちゃんとはいるサイズのかばんにしてもらう必要があります。2つめの発言はASMに必要な小道具を用意してもらうことにつながり、また実際に舞台上で食事をとるならステージ・マネージャー主導でキャストがベジタリアンかどうかや、食物アレルギーがないかなどもチェックするべきです。

他にも例えば、あるシーンを通しているとき、俳優が小道具のスマホをズボンの右ポケットから取り出す動作をしているとします。何度も繰り返して稽古する間いつもその動作をしていて、演出家が直すこともなければ、その動きがほぼ決まりということになるので、衣装でもスマホが入るサイズの右ポケットが必要になります。その情報は衣装部に伝えるべきだし、ASMから衣装部に小道具のスマホの大きさを共有してもらう必要もでてきます。

こんな感じで、演出家の何気ない発言から各出演者の動きまで目を光らせながらメモをとり、これを1日の稽古の終わりに Rehearsal Report というものにまとめ、各部門にメールで送ります。Rehearsal Report で大事なのは、確定事項とそうでないこと、知らせる必要のある情報とそうでない情報の見極め、そして詳細の確認です。俳優と演出の間で「この小道具があったらいいよね」という会話がでても、演出家は実際のところ迷っていることもあります。なので、メモした内容は稽古の終わりに演出に「こういっていたけど本当に用意する必要ありますか?」と確認するのがとても大切です。またその際、「かばんがいるって言っていたけど、具体的にはバックパック?ショルダーバッグ?」というように詳細を詰めることで、受け取った部門が必要なものを探しやすくなります。また、あんまり毎日レポートが長いと読まれなくなってしまうので、「これはまだ決定までいっていないから、レポートに載せずにASMにメッセだけしておこう」と情報を精査できるとベターです。

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また、DSMから稽古場の外に情報を発信するだけでなく、他の部門から稽古場の中に伝えるときもDSMを通じて行います。たとえば、照明デザイナーが「明日は時間があるから稽古を見に行くよ」というときにはDSMを通じて演出に伝え、ステージ・マネジメントチームで席を用意します。また、ASMが新しい小道具を稽古場に持ち込みたいときには、DSMが「あと30分で休憩だからそのときに来て」と良いタイミングを知らせたりします。稽古は集中を必要とするので、突然の来客で中断されるのを嫌う演出家や俳優は多いです。なので、DSMが門番のように良いタイミングを教えて、外と連携をとるようにします。

忘れたら何でもDSMにきけ?「バイブル」づくり

稽古場に張り付いているDSMのもうひとつの大切なミッションは Bible または Book と呼ばれる稽古台本(またはスコア)を作ることです。これは台本に、俳優の立ち位置や動き、照明などのキューを書き込んだものに加え、公演にかかわるあらゆる資料(デザイン案や日々の Rehearsal Report、稽古スケジュールを表す Call Sheet や、テクニカル部門からもらう Cue List など)を一緒にファイリングしたもので、「公演にかかわるあらゆる情報はここを見ればわかる」ことから「バイブル」と呼ばれています。

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リハーサル期間にバイブルに書き込まれていくのは、Blocking と呼ばれる俳優の立ち位置や動作、登場・退場などのタイミングの部分です。DSMの台本は書き込みを可能にするために片面印刷のコピーで、片方のページにセリフ、もう片方のページにセリフに対応する形でこれらの情報を書き込んでいきます。すごく基本的な話ですが、英語の台本は横書きで、だからこそなせる技だなぁと思ったりします。

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空欄のページは2つか3つのセクションに分けられることが多いです。1つはテクニカルリハーサルでキューを書き込んでいく列、もう1つは Blocking を書き込んでいく列。3セクションにする場合には、キューの内容が何かを書いている場合が多いです。

Blocking は稽古の進行にあわせて素早く書き込んでいくので、速記的な技術を求められます。sit down は「s↓」、stage right(英語で下手)は SR のように、よく出てくる動作・用語を省略して書いたり、登場人物はイニシャルなどで表したりします(Danny なら D、Lee なら L など)。省略した用語は(傾向はありますが)業界で決まったものというのはなくDSMごとに違うので、バイブルの表紙裏などに表にして貼っておいて、誰でも理解できるようにするのがお約束です。

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俳優の立ち位置や、家具の置き場所などを示すには図を描くことが多いです。ページの頭に図を置いておいて、そのページがはじまる時点でどの立ち位置なのかを起点にして、動きを書き込んでいきます。すべて手書きでやる人もいるし、プロダクション・マネージャーにもらった図面から小さな簡易図面を作って貼る人もいます。(わたしはいつも後者でやります)

これらの情報は、俳優や演出が前の稽古でやったことを覚えていないときに思い出せるように使ったり、小屋入り後に照明デザイナーがプログラムするとき(Plotting)に参照したりするのに使います。また、アンダースタディーの稽古の際やキャスト替え、公演をリバイバルするときにも重要な情報として役立ちます。「誰が手にとっても理解できるバイブル」が目標なので、リハーサル期間は稽古場に、小屋入り後は劇場に保管されて、万が一DSMが休みの場合にも他のメンバーが見てカバーできるようにします。

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ちなみに、Assistant Director がついている場合、Assistant Director もこの Blocking の情報は自分の台本に書き込んでいます。大きな違いは、DSMはこの情報を主にASMや照明デザイナーのために使うことが多いので、客観的な位置情報や小道具の取り扱いを中心にメモするのに対して、Assistant Director はアンダースタディーの稽古に使うので、その動きに至った心理的背景だとか、演出的な細かい事項もメモしていることが多いことです。目的が違うので、少し情報のとり方も変わっていくということですね。

こんなことを稽古中しているので、DSMはつねに目の前の稽古を見ながらも台本を目で追っています。なので、台本を置いて(off book)立ち稽古をしている俳優がセリフを忘れたときに教えてあげるのもDSMの役割です(prompting)。セリフを忘れた役者は大抵 "Line" と言ってサインを出してくれますが、これが大事なことをメモってる真っ只中に来たりするので、一瞬たりとも気が抜けません。笑

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DSMのリハーサル期間の役割の一部をご紹介してみました。熱がこもってだいぶ長くなってしまった気がしますが、それだけ奥が深く、やりがいが大きく、楽しいのがDSMです。わたしが個人的に一番力を入れてやっていきたいと思っているのも、この仕事です。やはり何よりも、演出家に寄り添い、役者とも寄り添い、デザイナーや他のスタッフと関わり合いながら公演を作っていく実感が得られるのが、DSMの醍醐味だなぁと思います。

Part 2につづく!

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