夢のあと
以前こんな記事を書いたことがあります。
この最後に書いたことが、なんと現実になってしまいました。
大千穐楽を終え、関わってたよくらいは言ってもいいだろう(プログラムに載ってるし)ということで、思ったこと、感じたことを振り返って綴りたいと思います。
「千と千尋がロンドンに来るかもしれないんだけど、興味ある?」
全ては同じロンドンの舞台業界で働く日本人の友人のこの一言からはじまりました。
「この作品は必ず海外で上演されなければならない、あわよくばその際には関わりたい」と思いながら帝劇のロビーで泣きじゃくってから早1年。まさかそんな話が本当にあるとは。以後、ありとあらゆる方面に履歴書を送り、コンタクトしまくり、ロンドン側のAssistant Stage Managerの1人してカンパニーに加わらせていただけることになりました。
ロンドン公演のStage Managementチームは日英混合チームでした。日本の舞台監督率いる演出部チーム7名、UKのStage Manager率いるイギリス人(+わたし)チーム7名、総勢14名の大所帯。イギリス演劇業界のスタンダートと比較するとありえないくらい大きなチームです。
わたしの油屋への旅路は、2024年初頭の日本国内ツアー・ロンドン公演合同の稽古からはじまりました。3月に帝劇でオープンし、国内ツアー組とロンドン組の2手に分かれるという座組のため、ロンドン現地でのスタジオリハはなし。したがって、UKスタッフのうち数名が、ロンドン公演に向けての準備のため日本へ渡ることに。日本に実家があり日本語話せるわたしにぴったりの役回りです。
日本の舞台業界で働いたことのないわたしにとって、この稽古場&帝劇下見期間はまさに新鮮さと学びの連続。今まで本やSNS、Web上の限られたリソースで学ぼうとしてきた「日本ではこうする」を実際に体感し、点と点を線で繋ぐことができた、とても貴重な経験になりました。日本側の舞台監督・演出部チームはまさに百戦錬磨のベテラン・精鋭揃い。日々刺激と学びのシャワーを浴びたような、知的好奇心くすぐられる幸せな期間でした。
ようこそ、ロンドン
ロンドンでの小屋入りからは、文字通り怒涛の日々の連続でした。
前述のようにロンドンでの稽古がなかったので、日本で下見した数名以外は、そもそも公演を観たことすらない状態で舞台稽古に臨んだわけです。チームメイトに公演について教えながら、通訳さんの人手が足りていないところに急遽入ったり、一方自分も自分のところをやらなければいけないし、ロンドン公演用にセットや小道具、演出もちょこちょこ変更されていったので、通常の舞台稽古のように当然その対応もしなければならない。
「初日にあける」というゴールは同じだけれど、それまでのプロセスの考え方が全く違うUKチームと日本チーム。出会って間もなくてほぼ初めまして状態な上、当然言語の壁があり、そしてこの文化・習慣の差によってお互いにお互いに対して疑問なり不満なりを抱えながらも、協力しあわなければ舞台はあかない。両方の立場と気持ちが理解できるほぼ唯一とっていいようなポジションにいたわたしは、文字通り常にこの2チームの間で板挟みになりながら、この濃密な舞台稽古期間を闘い抜くことになりました。
それは自分が望んだ環境ではあったけれど想像以上に大変で、「どうやったらお互いにわかりあえるんだろう」とUK側・日本側両方にそれぞれの立場や考え方を説明してまわりながら、(実際できていたかはわかりませんが)ひたすらどうにか橋渡しをしようと奔走していたように思います。
満員の客席、割れんばかりの歓声と拍手がくれたもの
なんとか迎えたゲネプロは初めてこの舞台をロンドンのオーディエンスへ披露する場でした。「果たして全編日本語劇(+字幕)はどう捉えられるのだろうか」「ちゃんと伝わるだろうか」そんな不安は開演早々一瞬にして吹き飛ばされれてしまいました。
日本と比べて反応をダイレクトに伝える傾向のあるロンドンの観客層。面白かったら声を出して笑う、息を呑んだり、拍手がおこったり、随所随所での反応がダイレクトに舞台に伝わってくる。幕が降りてカーテンコールが始まったら、割れんばかりの大歓声と拍手。カーテンコールで客席に向かってお辞儀をするキャストの戸惑いと感動の混じった表情を舞台袖から見ていたら、それまでの心労や肉体的疲労はすべて一瞬にしてどこかにいってしまいました。
「あぁ、わたしたちは、歴史を作ってるんだ」
キャストは全員日本人。全編日本語で、舞台の、美術の、芝居のありとあらゆるところがとても日本的で。そんな作品がロンドン・West End最大の2000人超えキャパシティの劇場を埋め、4か月上演し続け、そして受け入れられている。こんな光景、いったい誰が想像しただろうか。これは夢なのか、現実なのか。現実だとしたら、あまりにも夢のようではなかろうか。
もちろん原作の力は偉大だけれど、それと同じくらい、このWest Endとしては特異で異色なプロダクションを観客の皆さまが心から愉しんでくれていたことが、日々感動であり感謝の連続でした。作品の道のりにおいてわたしの関わった部分なんてほんの少しだけど、この作品が、作品世界を全身全霊で届けるキャストが、カンパニーが毎公演誇らしくて仕方ありませんでした。こんなに日本人であることを誇りに思い続けた日々はありません。
叶えた夢と、目標と、その先
プレビューを含め約4か月半全135公演、最初はお互い探りあいだった日本カンパニーとUKチームは、言語の壁も、文化習慣の壁も越え、すっかり1つの家族のようになりました。それはわたしが小さい頃に夢に描いた、異なる文化圏の人たちがお互いを理解しようと手と手を取り合う平和な世界の片鱗のようで、儚くてとても尊い時間のように感じました。
それ以外にも、今回叶えられた夢・目標がいくつかあります。
大好きなイギリス・ロンドンの演劇業界で、仕事観や舞台への熱量、生活感覚のあう日本人の仲間たちと共に日々舞台をやるという環境は、わたしとってはまさに文字通り夢のような4か月半でした。日本からきたカンパニーの皆さんにとってはきっと大変なことの方が多かっただろうけれど、わたし個人としては毎日「こんなに幸せでいいんだろうか」と思うくらい、"Too good to be true"な最高の現場でした。
大千穐楽を終え日本カンパニーが皆帰国して、ロンドンに取り残されたわたしは、トンネルを抜けて帰っていく千尋を見送る油屋の面々のような気持ちと同時に、トンネルを抜けて現実世界に戻った千尋のような、あの時間は果たして夢か現実か、でも確かに手元にそこで得た経験と成長の手応えは残っていたからきっと現実なんだ、そんな不思議な感覚に包まれています。
狭くて広い業界だから、今回一緒にこの舞台をつくった方々、日本側もUK側も、またどこかの現場で出会える方もいれば、もう一生会えない方もいるのでしょう。舞台の仕事は常に一期一会。けれどこの濃密な時間を一緒に過ごした跡や絆は、それぞれの心のどこかに残っていると信じたいと思います。
また次があるのかはわからないけれど、もしこの素晴らしい作品を世界のオーディエンスに届ける機会があるとしたら、きっとそのときに、また一緒に夢が見れますように。
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