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「人は必要なときに必要な人に出会う」のか???


「人は必要なときに必要な人に出会う」

これは、昨年2月に乃木坂46を卒業、そして芸能界を引退した、橋本奈々未の言葉だ。

多分はじめに口にしたのはまた違う人なんだろうと思うが、僕が最初に聴いたのは橋本奈々未からなので、ひとまずそう書く。

この言葉をはじめて耳にしたときは、正直腑に落ちなかった。
普通に考えて、そんな都合のいい話はない。自分の過去と照らし合わせてみても、どうにもそう言い切れないような出会いは少なくない。

しかし実は、今ではこの言葉は腑に落ちているし、その通りだと思うようになった。

なぜそのような変化が起きたのか、今回はそれを言語化できればと思う。

なので、この言葉がすっと飲み込めて、その通りだと思っている方は、もしかしたらここから先は読まなくてもいいかもしれない。


まず、最初になぜ「そんな都合のいい話ねえよ」的な感覚になったのかから考えよう。
それはおそらく、この言葉を「真理」として捉えたからだ。
地球が1日で1回転するように、これが純然たる事実ならば、「あ、この人は必要な人だ」などと、自然に思えるような出会いばかりだということになってしまうが、勿論そんなはずはない。


今は、「解釈の方法」のひとつとして捉えている。

目の前で起きた事象に対して、どういう感情を持つかは人それぞれである。
同じように、目の前の現実に対して、どういう解釈・意味付けをしたってその人の自由だ。
ならば、すでに起きてしまった出会いについて、自分にとって必要なタイミング・必要な相手なのだと、自分から解釈しても何も問題はないはずだ。

念のため断っておくが、無理矢理自分に思い込ませるように、「全部必要な出会いだ!」などとおめでたい発想をしているわけではない。
盲目的な姿勢で、批判的な視点を失うのが危険なのは百も承知だ。
そのうえで、「必要なときに必要な人と出会う」と思っていると、自分にも周りにも良い影響がある。

目の前にいる人間。
気にくわないとか、なんか腹立つとか、負の感情をもってしまうことはよくある。
しかし、その出会いそのものは、もう変えられない。
ならば、より良い出会いだったと思えるように自分自身で何かしてみよう。向こうから与えられるのを待つのではなくて、自分から何か貰いに行ってやろう。
何か今の自分に必要なものが、手に入るかもしれない。
この言葉はそういう心持ちにさせてくれるのだ。


この手の格言チックなフレーズは巷に溢れているが、そのほとんどが真理ではなく解釈の方法で、そう思うことによってより楽しく生きるツールだと思う。
そして、そうやって生まれる余裕は、自分だけでなく周囲にもプラスにはたらき得るのではないだろうか。


人は必要なときに、必要な人と出会う。
自分自身のためにもなるし、加えてちょっと心にゆとりが持てる、いい言葉だなぁと思う。


書きながら、ふと思った。

僕自身は誰かに、出会えてよかったと、必要な出会いだったと、思ってもらえているだろうか??


…やべー、頑張ろう。


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白湯
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