『皆殺しな魔法使いのクリスマス』
『皆殺しな魔法使いのクリスマス 1』
今宵、クリスマスイブ。星降る夜の恋人達。
流行りのテレビドラマに感化されたのか、コンビニでピュアモルトウィスキーを買って来た2人は、ロックと水割りを楽しみながらお互いを激しく求め合い、満たし、果てた。官能とエロスの痙攣を伴いつつ、女は幾度も達した。
今2人は心地良い余韻に浸りながらアンニュイな時間を楽しんでいる。窓の外にはスカイツリーのクリスマスイルミネーション。今にも雪が降って来そうな寒い東京の夜にあっても、2人の心は温かく満たされていた。ピュアモルトウィスキーの甘い香りに包まれながら、2人の時間がゆっくりと溶けていく。
「今夜はディズニーランドのイルミネーションも綺麗でしょうね。昔はLEDなかったし。そう言えばアレは何て言ったっけ?建物の壁とかに光でアニメとか映すやつ!映画のスクリーンみたいなの!」
「スカイツリーでたまにやるやつ?」
「そう、それ!」
「なんとかマッピングじゃなかったかなぁ」
プロジェクションマッピングと言う言葉を2人は覚え切れないでいる。
「ディズニーランドも良いけれど、君といる毎日はディズニーランド以上にディズニーランドだよ」と男は言いかけてやめた。代わりにこう言った。
「パラダイスに悩みはない。病気も貧困もない。毎日がクリスマスイブなのかもしれないな。毎日がディズニーランドのクリスマスパレードなのかもしれない」
「えっ、何?どうしたの?パラダイスって?」
女が聞いた。
「天国の事さ」
「フ〜ン、そぉ。一緒に行ってみる?クリスマスだし」
女がややおどけた感じで言った。
男が唐突に謎めいた事を言い出したので女は少し驚いた。だが直ぐに冷静に受け流す事が出来たのは、時々意味不明な事を言うのはその男の癖の様なもので、女は慣れていたからだった。
「パラダイスなら高いお酒もタダで何杯でも飲めるだろうね。行ってみたいね」
男は言った。
「あなたの好きな濁り酒や純米大吟醸もあるかしら?チーズケーキも食べれる?」
女が言った。そしてグラスのウィスキーを一気に呷った。
「きっと有るさ。君は何が飲みたい?」
「あなたと一緒に飲めるなら、何でもいいわ。枝豆とかクリームチーズとか酒盗とかが有るともっと嬉しいわね」
「僕は冷奴が食べたいな。君はパラダイスでも竹輪麩食べたい?」
「絶対食べる。あなたはいつも竹輪麩否定するけどね。訳わかんない。竹輪麩の何処がいけないの?あんなに美味しいのに!」
女は何故か竹輪麩の事となると熱いのだった。
「日本では18分に1人の割合で自殺するそうだよ」
竹輪麩の事が面倒で男は話題を変えた。
「フ〜ン、多いね」
「今こうしている間にも、誰かが何処かで自殺してるんだろうね」
「でも、18分に1人ではちょっと中途半端ね。多いんだか少ないんだか。フフフ…」
「15歳から45歳までの死因の1位は自殺だそうだ。45歳以上でも2位だけどね」
「凄い国に住んでるのね、私達」
女が空々しく言った。
「諸説あるけれど、キリストは33歳か35歳に死んだらしい」
男が言った。
「若いのね。34歳説はないの?」
「30歳説は有ったような気がする」
「あなた、クリスチャンでもないのになんでそんな事に詳しいの?どこで覚えたの?」
「自分の年齢がキリストの死んだ年に近付けば、誰でも気になるものさ」
「誰でもじゃないと思うけど」
「そりゃそうだ。取り消します」
「うん」
「男は女よりもたくさん自殺している。女の2倍くらい男は自殺する。同じ人間なのに男女でこんなに極端に開きがある。この違いはとても大事な事に思えるのだけれど、誰も大して気にも留めずに生きていく」
「私も大して気にならないわよ」
女は段々イラついてきていた。彼女はまたウィスキーを呷った。
男も女も煙草は吸わなかったが、2人共酒は好きで毎日何かしら飲んでいた。飲まない日はなかった。焼酎を飲むことが多い。飲みやすく酔いやすく値段も手頃で次の日に酔いが残りにくい。ウィスキーは久しぶりだった。
女は季節の変わり目などの気圧変化が激しい季節になると、しばしば自傷行為を繰り返していた。リストカットは10代の半ばから断続的に続けられていた。30歳の時にはカーテンレールにバスタオルを掛けて2度首を吊って死のうとしたが、2度とも失敗した。幸か不幸か2度ともカーテンレールが女の重みで壊れ、その為に大事には至らなかった。その日男が帰ってくると、女が部屋で静かにテレビを見ていて、カーテンレールは壊れて放置されたままになっていた。
「なんでカーテン壊れてるの?」
男が聞いた。
「首のストレッチをしてて壊れた」
女は応えた。
1度目はカーテンレールを直したのだが、2度目ともなると男も直す気が失せた。カーテンを取り付けられなくなり、代わりに新聞紙や段ボールやスノコを使って目隠ししなければならなくなったが、女はその後は心身共にいたって健康そうだった。女の言う首のストレッチがストレス発散になったのか、暫くは何の問題もなくいたって健康そうに見えた。
だが、調子が良いのは一時の事で、いつ不調の波が襲って来るのか予測がつかなかった。ある時は大酒を飲んで気分が高揚し、ベランダから大声で喚き散らし、近所の人によって警察に通報された事もあった。それも一度や二度の事ではなかった。
「あんたらに私の何が分かるって言うのよ!」
駆け付けた警察官に毒付くのは毎度の事だった。しかし翌日には二日酔いに酷く苦しめられ、前夜の出来事はすっかり忘れているのだった。
気圧の変動が女の精神に影響しているのかも知れなかった。気圧変化は脳の内圧も変化させ、偏頭痛の原因ともなると言われる。近年は地球温暖化の影響からか気圧変化が激しい。季節の変わり目は特に男は注意するようにしていた。女の精神状態の不安定な様子を察知すると、そこから男は季節の移り変わりを感じるのであった。そんな時は死についての話題は極力避けて来た。
デリケートでイノセントでピュアな人だからこそ、かえって心を傷付けて鬱になったり引きこもったり自傷を繰り返したりするものなのだと、男は思っていた。根が良い人が精神疾患になり易いといった話をよく耳にする。こんなにも世知辛い世の中、心の病にかからない方がかえって異常で、人間らしい感情が鈍磨しているのだ、とか言われたりもする。それは心の病を抱えた人に対してのかなり好意的で同情的な意見なのかも知れなかった。しかし、その女の言動は周りからグロテスクに見られるだけだったし、事実グロテスクに違いなかった。
季節の変わり目には女はしばしば新しい靴を買って来た。
「良い靴を履くとその靴が良い場所に連れて行ってくれる」
それが女の口癖だったが、男には女がただ単に言葉に酔っている様にしか思えなかった。良い靴の筈のその靴は直ぐに靴擦れを起こしてしまい、女は疲れていつも休息をせがみ、美術館へ行っても博物館へ行っても紅葉を見に行っても神社仏閣や庭園を観に行っても買い物に付き合っても、いつも予定の時間を大幅にオーバーしてしまうのだった。女は言葉に酔い、酒に酔い、自分に酔いしれていた。
ホワイトデーのお返しに男が気を利かせて多少値の張る靴の中敷きをプレゼントした事があった。その時は「馬鹿にするな!」「デリカシーがない!」と甚くご立腹だった。
瓶の中のウイスキーも段々と少なくなってきていた。今日1日で飲み干す気など全くなかった2人だが、この調子では空けてしまうのは時間の問題だった。男は言った。
「キリストも半分自殺みたいなものだしね。だとすると、宗教で自殺を禁じても全く説得力ないな。自殺したら地獄に堕ちると脅しても、キリストが自殺者ならば意味不明だし矛盾してるよね」
「キリストが自殺者?その発想はなかったわ。でも、言われてみればそうかもね。キリストは神の声を聞いたらしいけど、幻聴でも有ったのかしら?精神病だったのかもね」
「統合失調症だったのかもしれないな。ムンクも芥川龍之介もカミーユ・クローデルも統合失調症だった。芥川は30代で自殺したね」
「青酸カリだったわね。30代だからキリストと同じね。なんか宗教臭さがある暗い小説ばかり書いてたイメージがある。統合失調症って治るの?」
「どうなんだろうね。個人差もあると思うけど、昔だったら廃人になってただろうな。廃人になったキリスト、絵になりそうだね」
「カミーユ・クローデルは治らないまま廃人の様になって病院で亡くなったのよね。ロダンへの愛の炎で燃え尽きて」
「まぁ、そんな感じ。その当時はまだ治療法なかったし。今は副作用の殆どない薬が開発されたから社会復帰する人も大勢いるけど、完治するとかの類いの病気でもないみたい。良くならない人も多い。昔は座敷牢に入れられたり強制入院させられたり、相当酷かったらしい。多分、アフリカとかアジアとかの貧困地域ではまともな治療は受けれない筈だし、悪魔が取り憑いたって事にされて呪術師だとかエクソシストだとかが活躍してると聞くけどね」
「じゃあ、キリストは若死に出来て却って良かったのかもしれないわね。彼が長生きしてたとしたらどうなったのかしら?」
「多分、突然奇声を発したり、突然道端で股間を露出しちゃう様な変質者にでもなってたんじゃない?」
「キリストなのに変質者?」
「そう、キリストなのに変態」
「変態と救世主は親戚だったのね」
「キリスト教では自殺者は地獄に堕ちるというけれど、自殺未遂者はどうなんだろうね。改心すれば許されるのだろうか?自殺未遂しても改心して真っ当な暮らしを送れば、またパラダイスに行けるチャンスが与えられるの?それとももう手遅れ?」
「あなたは神を信じてる?」
「僕は神を信じてるさ。かなり信心深い方だと思うよ」
「あなたにとって神とはどんな存在なの?」
「神とはただの化学物質か何かさ」
「はぁ?あなた酔ってるの?」
「勿論、ずっと酔ってるさ。君の笑顔にね」
「私、笑ってなんかいないわ!」
「僕は酔ってるさ。君の苦笑いにね」
すると女は語気を強めて言った。
「私、さっきからずっと怒ってんのよ!それくらい分かってんでしょ!」
男は苦笑いしながら言った。
「そう言えば、イスラムの過激派の自爆テロなんて自殺以外の何物でもないよね。若い女の子が体にダイナマイトを巻いて広場で自爆したりとか、どんな心境なんだろうな。怖すぎる。自爆なんてやらせてるのは悪いおじさん達なんだろうけど、なんだってそんなことさせられるんだろうなぁ」
「また急に話を変えるのね」
「怖いね、自爆テロ」
「怖い。本当怖い。自分の体がダイナマイトで吹き飛ばされるのを想像したら、本当怖い。考えたくもない。あなたはいつも変な事を考える人ね」
「10代の少女にも銃を持たせたり、爆弾を抱えて特攻させたり。テロリストは男女平等だよね」
「そんなの平等でも何でもないわ。大人の都合よ。子供の方が素直で洗脳し易いからってやらせてる。残酷だわ。人間のする事じゃないわ」
「この前も10歳の女の子が爆弾抱えて大勢巻き添えにして死んだそうね。ニュースでやってた」
すると女は混ぜっ返してこう言った。
「巻き添えにされた人も幸せかもね。あんな子供を産んだのは現代社会の責任でもあるし、こんな不条理な社会なら巻き添えになった人達も天国で幸せになれるから良かったかもね。無駄に長生きした為に人様に迷惑掛ければ地獄行きのリスクも高まるのだし。子供の方が私達の様に汚れた大人よりも天国へ行ける確率は高いかも」
「昔、沖縄でもそんな事させてたっけ。ひめゆり学徒隊。でも、貧しい家庭の子供にとっては生きてても死んでても地獄みたいなものだろうし、生きてても死んでても同じならば死んだ方がマシなのかもな。死こそが神の救済であり、死こそが神の愛って状況も有い得るかもしれないね」
「そうよ。世の中はそんなものよ。今更そんな事、あなたが言わなくてもみんな分かってるの。サンタさんがいないのは今更言わなくてもみんな知ってるし、いないって言うだけ野暮って事くらい分かってるの。死こそが愛なのよ。言うだけ野暮だけど」
「君は小学5年までサンタを信じてたって前に言ってたね。あんまり君がプレゼントをねだるから、君の親が嫌気して本当の事を君に教えたんだったよね」
「そうよ。それまで本気で信じてたのよ」
「君のサンタさんは君に自殺させられたのさ。君の高望みが原因」
「…」
「玉砕だとか神風特攻隊なんかも、言い方を変えてるだけでタダの自殺だしね。自爆テロの先駆けみたいなもんだね。人を大量に殺せたら英霊になれるとか、変わった宗教って有るんだな」
「きっと神も弱肉強食で、戦争で勝った国の神は生き延びて、負けた方は滅んで、そんな事の繰り返しで、今信じられている神は戦争で勝って生き延びてきた神様で、優しかったり温和だったりおっちょこちょいで人間味のある神は忘れ去られてしまってて、きっと残酷で力が強くて偉そうな神ばかりが生き延びてて、それが今の世の中で、人間社会も神様社会も変わらないのよ」
「神様社会?有りそうだね」
「そうよ。同じ仏教でもタイとかマレーシアとかの東南アジアの寺院は仏像も建物も金ピカピンでオモチャみたいで全然有り難味を感じなかったわ。嘘臭くて破壊されても惜しいとは感じないわね。アンコールワットとかの歴史ある建物は別だけどね。新興宗教なんかも多くて、新しい寺院もどんどん建てられてて、詐欺紛いの事をしてお金を掻き集めてる宗教団体も多いって聞いたわ」
「東南アジアも日本みたいに新興宗教が多いそうだね」
「そうよ。皆が現世利益を求めてる。日本みたいに先祖代々の墓を立てられる平和な国なんて地球には殆どないのだし」
「聖書にはソドムとゴモラの話とかノアの大洪水の話とかがあって、幼い子供達も大勢犠牲になってる。子供達も罪人だったのかなぁ?罪のない者は助けると神が約束した、って聖書には書いてあるのに、子供は助けられなかった」
「きっと聖書を遺してきた人達の想像力が足りなかったのよ。そんな人達は想像力の歩く墓場よ!」
女が吐き捨てる様に言った。
「ある宗派によると、子供達も罪人だったみたい。将来的に天国へ行けるかどうかは生まれた時から既に決められていて、個人の努力とかではどうにもならないんだってさ」
「生まれたばかりの子供が罪人?馬鹿げてるわ!じゃあ、何の為に生まれて来なければならないのよ!」
「三つ子の魂百まで、って言うけど、その通りだと思う。結局、何をしても駄目なのさ。2歳とか3歳とかで蟻を踏み潰したりして遊んでる子供は、大人になっても碌な人間にはなれない。子供は無邪気だから蟻を踏み潰したりしてるだけで善悪とは関係ないとも言えるけど、きっとそうじゃあない。善良な人間ならば無邪気な子供時代であってもそんな残酷な事は絶対出来ない」
「そうね。そうかもしれないわね」
女は寂しそうに言った。
女は5歳の時、蟻を指で潰して殺し続けた事があった。その数が100になるまで殺し続けた。小さな大虐殺だった。些細な事で母親と喧嘩をしイライラが溜まっていた事が原因だった。
「でも、早死にして天国へ行けるのなら、それはそれで幸せなのかもね。ノアの大洪水で生き延びるよりも、逆に死んでた方が幸せだったのかも知れないな。聖書によるとノアは900年以上も生きた事になってるよ」
「900年?ウンザリだわ」
「もっと早く死にたい?そんなに長く生きたくない?」
「認知症になって延命治療で色んな管を通されてダラダラと生かされるのはイヤ。頭がしっかりしてる内に死にたいわ」
「もしも仮に君が自殺するとして、何て言われたら自殺したくなる?」
「えっ!どういう意味?あなた、私を殺したいの?死んで欲しいの?」
「ただの素朴な疑問、好奇心というか、つまりさ、人から何て言われたら死にたくなるのかな?人にとって一番キツくて言われると死にたくなる言葉って何なんだろう?」
女は考えた。今まで色んなキツイ言葉を言ったり言われたりして来たが、本気で死にたくなる程のキツイ言葉とはどんな言葉なのだろう。それは呪文とか類いの様にも思えた。
「女子なら臭いとか言われたら、精神的にキツイでしょうね。言われたら死んじゃう」
すると男は女の方を見て冷たく言い放った。
「君は口臭がキツイ。存在自体、君は臭い。君が花に話し掛ければ、花壇の花も腐る。猫に笑いかければ、猫は寝込む。でもパラダイスに口臭も体臭もない」
「ふ〜ん、あなたに私の何が分かるって言うの?あなたにそんな事を言われるとは思ってなかったわ」
女は気だるそうなトーンでそう言った。目には薄っすらと涙を浮かべていた。溢れ出る感情を抑え込もうとするかの様に、顔は半分引き吊っているようだった。
女は静かに立ち上がり、立ったままもう一度グラスにウィスキーを並々と注ぎ、それを一気に呷った。
女は右手をピストルの形にしてゆっくり男の方に向け、小さい声で銃声の真似をした。
「パーン!」
男は黙って自分のグラスにウイスキーを注いだ。女はベランダの方へと歩いて行った。そして、その美しい肢体をクリスマスイルミネーションで彩られた東京の夜空へと舞い上がらせた。女は28階のベランダから異次元の世界へと飛び立った。
高い木は上だけではなく下へも成長する。だが、女はひたすら上へと向かった。
あの世に行けば毎日がクリスマスパレード。昨日も今日も明日もクリスマスパレード。
だが、地上にいる男にとってはその日もいつも通りの下らない夜だった。グラスにウィスキーを並々と注ぎ、透明な琥珀色の液体の向こうに透けて見える東京の夜景を眺めていた。スカイツリーの隣で微笑みを浮かべていた月の女神にグラスを傾け、「乾杯!」と静かに1人で呟いた。
子供の頃、男は将来魔法使いになるのが夢だった。男は今ほんの少しだけ魔法を使った。ほんの少しだけ子供の頃の夢を叶える事が出来たのだ。
『若きヴェルテルの悩み』というドイツの小説がある。今の時代には何処にでも有りがちで大して面白くもない失恋小説なのだが、当時はその作品を読んで感化された多くの男性が世を儚んで自殺するという事件があちこちで起きた。『若きヴェルテルの悩み』は発禁処分となる程に当時の人々に影響を与えた。
読んだだけで人を死にたい気分にさせ、実際に自殺へと駆り立てる小説とはどの様なものなのか?今となっては最早理解出来よう筈もない。当時の人々の気持ちにならなければ解る筈もなく、我々には当時の人々の気持ちを察する事は出来ても同じ気持ちになれる筈もなく、謎は謎のままだ。
言葉で人を大勢殺す事が出来たなら、そんな素敵な事はない。ゲーテはまさに大魔法使いだ。
ゲーテがどんな気持ちでそんなものを書いたのか、それも今となってはもう分からない。まさか自殺者を大勢出して発禁処分になりたくて書いたわけでもあるまい。もしかしたら聖書の様な壮大な人類救済の物語を彼は物してみようとした可能性もなくは無い。実際には紀元前の昔から聖書が人類を救済出来た試しはないのだが、聖書同様に『ヴェルテルの悩み』も人々の精神を混乱させるのには一役買ったのは確かだ。
エルトン・ジョンの曲にある様に、「どうしてこんなものを書いてしまったのかは分からないけど、出来てしまったものは仕方ないから、取り敢えず読んでみて欲しい。君が気を悪くしたなら申し訳ないけれど…」といった心境だったのかもしれない。
つづく