貸金庫内現金等窃盗事件③(フィクション『蛇の道は蛇』②)

『蛇の道は蛇』②

 私はまず貸金庫の利用状況を調べることにした。幸いうちのシステムなら紙の貸金庫利用伝票の綴りが残る。預金伝票はオンライン化が進み、すぐセンターに送られるようになったが、アナログな貸金庫の利用伝票は支店に長期保存されている。余計な端末操作をしなくてすむのも好都合だった。
 こういう作業は銀行員には苦でない。私は程なく貸金庫の利用状況を一覧表にした。後は、定期的に一覧表を改訂していけば良い。
 銀行には貸金庫のスペアキーがある。スペアキーは糊付けし割印した封筒に入っているがバレないように鍵を取り出すのは難しくない。
 私はセキュリティシステムの管理責任者でもある。残業を終えた行員を送り出し、セキュリティをロックして最後に店を出ることができる。セキュリティロックをするまでは私のフリータイムだ。
 そこまで考えたところで蛇は持ち上げていた鎌首を下げた。

 そんな時、国税と一緒に貸金庫を開けに来たことのある善人の顧客が貸金庫の解約をしにきた。彼の人相は変わっていた。そして饒舌に愚痴をこぼした。彼は独身で故人と同居していたのだが今回の相続をきっかけに兄弟から縁を切られたらしい。国税と兄弟から相続財産隠しを疑われ、最後は疲れ果てて税理士に処理を丸投げしたが、追徴金を払う金がなく借金までしたのだと語った。「一番悲しいのは、仲が良かった甥姪ともう会えないことかな」と淋しげに嗤う彼の顔に少しだけ以前の面影が残っていた。しかし、そのあと彼は一瞬憎悪に目を光らせて帰っていった。
 その夜、残業を終えてひとり残った私は彼の亡父が生前最後に貸金庫を利用した時の伝票を確認してみた。今日金庫を解約した彼の筆跡がそこにはあった。当時金庫の中身を取り出したのか、何かを預けたのかはわからない。
 私は前任の営業課長の顔を思い浮かべていた。そしてこの時、蛇は再びはっきりと鎌首を持ち上げた。

 後はもうルーチンワークと言って良かった。毎月いくつも相続があり故人の取引が凍結される。貸金庫があれば私は迷うことなく合鍵で開錠した。長期未利用の金庫の現金は遠慮なく頂戴した。最後の利用時に誰かと一緒に来店していたかがわかるように一覧表に書き加えることにした。
 現金以外には手をつけないようにした。現金と一緒に他行の封筒や解約定期利息計算書、通帳等がある時は一緒に抜き取って処分した。
 ある時、無地帯封の一千万の束が無造作に二つ入っている金庫があった。この現金はどういう経路でここにたどりついたのだろうか。私の目はしばらくそれに釘付けになった。

 その貸金庫の借主である故人は中小企業の経営者だった。法人顧客ファイルを調べると当行はメインバンクではないが貸付があること、決算書の代表者貸借や現預金残高から無地帯封(例の現金のことを私はそう名付けた)が法人とは関係なさそうなことがわかった。或いは何かの裏金なのかもしれない。後継者になりそうな相続人の名は見当たらない。メインバンクに比べて情報が少ないため詳しくはわからないが、もしかしたら遺産分割協議は難航するかもしれない。最後の貸金庫利用が前任の時で故人がひとりで来たかどうかわからない事が問題だった。
 無理は禁物だとわかっているが無地帯封は魅力的である。相続人が貸金庫を開たらそれまでである。私は無地帯封に手をつけた。
                         〈つづく〉


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