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告知と未告知について

勤務する土地が変わるとその地域の死生観の違いを感じることがあります。
病気や予後に関する「告知」は、医療現場において繊細で議論を呼ぶテーマの一つです。特に患者様ご本人ではなく家族が「本人には伝えないでほしい」と希望する場合、医療者は倫理的な判断や文化的背景、患者の権利との間で深い葛藤を抱えます。

私自身も日々を過ごす中で、このテーマに出会うことが何度かありました。本記事では、未告知を巡って1人の若手医師として考えている事をまとめてみました。


1. 未告知の文化と日本における現状

未告知とは、患者に病状や予後を伝えず、家族に情報を共有することを指します。日本では長年にわたり、家族が患者に代わり医療情報を管理し、本人に伝えるかどうかを決定することが一般的でした。これは、以下の文化的・社会的背景に根ざしています。

  • 集団主義と家族重視の文化
    日本では、個人の自律よりも家族や集団の調和を重視する価値観が根付いています。家族が情報を先に受け取ることで、患者本人の心理的負担を軽減し、家族全体で対応する準備を整えることが優先されてきました。

  • 「言霊」の文化
    悪い知らせを口に出すと、それが現実化すると信じる「言霊」の文化は、日本の未告知の背景にある重要な要因の一つです。この価値観は、患者を必要以上に動揺させないようにする意図とも結びついているのではないでしょうか?

  • 医療者の伝統的慣行
    日本医師会の『医師の職業倫理指針』では、「精神的打撃が大きい場合には告知しないことも許される」とされており、未告知が許容される状況もあります。


2. 告知をめぐるジレンマ:三者の葛藤

◾️患者の視点:知らない権利と知る権利の間

患者の意思を重視する医療の進展に伴い、告知の在り方にも変化が求められています。ある調査によれば、がん患者の77%が「病状を知りたい」と答えています。しかし同時に、患者自身も「知らない権利」を持つべきだという声もあります。

  • 知る権利の重要性
    病状を知らされることで、患者は自分の人生や治療について主体的な意思決定を行う機会を得ます。早期告知は、患者が時間を有効に使い、未完成の仕事を片付けたり、やりたいことを実現するための重要なステップとなります。

  • 知らない権利への配慮
    一方で、病状を知ることで精神的に追い詰められ、希望を失う可能性もあります。特に「残された時間が少ない」と伝えられることで、絶望感に苛まれるケースも少なくありません。

◾️家族の視点:患者を守る気持ちと告知の恐怖

家族が未告知を希望する背景には、患者を守りたいという強い思いがあります。その一方で、告知そのものや伝え方への恐れが、家族の判断を左右することもあります。

  • 「患者を傷つけたくない」という思い
    家族は患者の心理的安定を第一に考えます。過去に冷たい伝え方をされた経験や、患者が告知後にショックを受けた記憶が、未告知を選ぶ理由になることが多いです。実際、このようなお話をされる方が多い印象です。

  • 告知の伝え方への不安
    家族の多くは、告知そのものよりも、その伝え方が冷たく機械的となる事も心配しています。「見放された」と感じさせない配慮が、家族との信頼関係を築く鍵になります。

◾️医療者の視点:倫理的責任と感情のジレンマ

医療者自身も、患者の知る権利を尊重する義務と、患者を傷つけないようにする配慮の間で揺れ動きます。また、未告知を望む家族に対する感情的な反応が、葛藤をさらに深めることもあります。

  • 倫理的責任
    患者が自らの病状を知り、意思決定を行う権利は、医療倫理の基本です。しかし、それが患者や家族にとって過剰な負担となる場合、告知のタイミングや方法を慎重に検討する必要があります。画一的な決断はできません。

  • 感情のコントロール
    医療者自身が「未告知は患者に不利益だ」と感じている場合、その感情が家族との対話を妨げることがあります。冷静に対応するためには、感情を一旦脇に置き、家族の意向を丁寧に聞く姿勢が求められます。


3. 告知の本質:キュブラーロスが示す「どう伝えるか」の重要性

ここで、エリザベス・キュブラーロスは『死ぬ瞬間』において、医療における告知の本質について深い洞察を示しています。彼女は、告知を巡る問題は「告げるべきか否か」ではなく、「どのように患者に告げるか」であると強調します。この視点は、告知が単なる情報伝達ではなく、患者の心に寄り添いながら人生の次のステージへ導くためのプロセスであることを示しています。

◾️医師の態度と姿勢が告知を左右する

キュブラーロスはまた、告知の成功は医師の態度と能力に大きく依存すると述べています。

  1. 「見捨てない」という姿勢
    告知の場で最も大切なのは、患者が「医師に見捨てられるのではないか」と感じないようにすることです。医師が「診断結果がどうであれ、私はあなたを支え続けます」などと明確に伝えることで、患者は安心感を得ることができます。

  2. 死を直視する冷静さ
    キュブラーロスは、医師が死を忌まわしいタブーとみなしている場合、患者に対して適切に向き合えないと指摘します。死を冷静に直視し、それを恐れずに語れる医師だけが、患者の力になることができるのです。

  3. 共感と簡潔さのバランス
    告知で重要なのは、複雑な言葉を避け、簡潔に情報を伝えること。そして、情報をただ告げるのではなく、共感を持って患者の感情を受け止めることです。医師の共感的な姿勢が、患者に対する深い信頼を築く土台となります。

◾️「どう伝えるか」が患者を支える

キュブラーロスの指摘するように、告知は患者に「すべてを失った」と感じさせるものではなく、「これからどう生きるか」を考える出発点とすべきです。そのためには、以下の姿勢が欠かせません。
そして、ここは決して暗く重いものではなく、私が学んだコーチングの概念とも通じる所があるように感じています。

  • 患者と共に未来を考える
    告知は医療者が一方的に行うものではなく、患者と医師、家族が共に未来を築くための対話の始まりです。

  • 患者の内面の強さを信じる
    患者が「真実」に耐えられるかどうかを判断するのではなく、患者の内面の強さを信じ、その強さを支える伝え方が求められます。

ただ、この告知と未告知という問題は、患者の権利、家族の思い、医療者の倫理的責任が交錯する複雑なテーマです。この問題に正解はなく、それぞれのケースに応じた柔軟な対応が求められます。

4. 告知に向けた実践的アプローチ

1. 患者の意向を尊重する

患者がどの程度病状を知りたいのかを、直接的・間接的に確認します。また、告知をするかどうか葛藤を生じるような診断を伴う検査を行う場合は事前に以下のような質問を投げかけてもいいかもしれません。

  • 「この検査では△△という病気であるかどうかがわかります。病状について詳しく知りたい方もいれば、知りたくない方もいます。〇〇さんはいかがでしょうか?」

2. 家族の真意を聞く

家族が未告知を望む理由には、患者を守りたいという思いが根底にあります。その真意を汲み取った上で、共に進んでいくと家族との信頼関係を築くことができます。

  • 「ご本人を守りたいというお気持ちはとてもよく伝わります。本当に、家族がひとつになってこの先へ向かっていけたとしたら、どのような状態が想像できますか?」

3. 未告知の限界を共有する

未告知の選択肢には限界があることを、率直に家族に伝える。

  • 「治療を受けているご本人が、何も知らされていないと感じることで、信頼が損なわれる場合もあります。」

  • 「入院後も長期に渡り診断がつかないまま徐々に症状が出現する状況、ご家族の態度、医療者の対応から最期になって気づくこともあります」


キュブラーロスの教えを医療現場に活かす

告知は、患者、家族、医療者の間で生じる大きな葛藤の場であり、それぞれにとって試練となる瞬間です。しかし、今回私も調べる中で、キュブラーロスが示したように、告知は患者の心を乱すものではなく、未来に向かうための道しるべとなり得るという事を学びました。

医療者として重要なのは、対立や感情的な衝突を調節しながら、患者と家族の両方に寄り添い、信頼関係を築くことです。そして、患者が安心して自分の人生の次のステップを歩むための伴走者であり続ける覚悟を持つことが、医療者の使命ではないでしょうか。
そのために、医療者は患者と家族に寄り添い、共に問題に立ち向かう姿勢を示すことが求められます。それこそが、単なる情報伝達を超えた「告知の本質」であり、医療者としての使命だと感じました。

読んでいただき、ありがとうございました!

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